見出し画像

復讐の女神ネフィアル 第7作目『聖なる神殿の闇の間の奥』第3話

マガジンにまとめてあります。



 アルトゥールも、その場にいた二人も悲鳴を聞いた。ヘンダーランの屋敷から聞こえる悲鳴を。

「おいおい、何があったんだ?」

「嫌な予感がするな」

「行きましょう!」

 ジュリアは、白く簡素な神官服の下に細身のメイスを下げていた。今はそれを手に、胸元に掲げてみせた。

 細身のメイスは鉄製の柄の先に、三角形の金属板が四枚、四方に三角形の頂点の角が向くように取り付けられている武器だ。三角形の頂点の角を、敵に叩きつけて攻撃する。

 慈愛の聖女と呼ばれるジュリアにも、そのような武器を振るう時はあるのだった。

「行きましょう? 僕らも君と一緒に行けというのか?」

 アルトゥールは、わざと呆れたように言ってみせる。君は、僕と僕の女神を忌避しているはずではないのか? と。

「そうです」

「へえ」

 他にも何かを言いたかったが、何も言わずにいた。どの道、ヘンダーランの安否は確かめねばならない。邸内で何が起こったのかも。

「闇の月の女神の神官かな?」

 それはリーシアンへの問い掛けだったが、ジュリアはアルトゥールのその言葉を聞き咎(とが)めた。

「それはどういうことです?」

 しばし、ためらいがあった。アルトゥールはジュリアを見た。ここで隠しても仕方がない。どうせ今回は共にヘンダーランの屋敷に入るのだ。こちらも手の内を明かそう。ヘンダーランへの厳正な対処と引き換えに。

「そうでしたか。その時にあなた方が倒した他にもまだいるのですね」

「いるさ。どこにでも。大抵は無害だが、たまにおかしなのが出てくる。『法の国』時代には、早くから禁教にされていた。それでも、いやだからこそ、信仰して力を得ようとする者も後(あと)を絶たなかった」

「禁じられればますますやりたくなるってわけだ。人間なら誰でも、そんなところがあるんじゃないか?」

と、リーシアン。

「ああ、それだけが理由ではないだろうが。闇の月の女神からの、特別な助力が欲しいのさ。僕がネフィアル女神に助力を願うのと、その点ではあまり変わらないとも言える」

 すでに邸宅に駆けつけ、門のそばの塀を乗り越えて庭に入っていた。都市の城壁の中ではあるが、広々とした庭があった。

 庭は荒れ果てていた。

 門から邸宅への出入り口までには、ジュリアの背丈の三倍くらいの距離があった。ジュリアは女としては背の高い方である。

「まあ、何ということ。知らなかったのです、こんなことになっていたとは。ヘンダーラン神官長は、変わりなく神殿の儀式を執り行っておられましたから。これは、闇の月の女神の神官の仕業と思いますか?」

「闇の神々に仕える者も、必ずしも邪悪な行いをするわけではない。彼らは単に、自分のことだけを、本当にただ純粋に自分のことだけを考えて生きる。自分のためになるなら、あえて法を犯さず、隣人と諍(いさか)いを起こすこともない。そんな連中も多い」

「お前は」

 お前はどうなんだ? と、その時リーシアンは訊こうとしていた。

 だが止めた。妙な音を聞いたからだ。

 草むらと化した花壇から、白い巨大な蛇(へび)が飛び出していた。胴回りが大の男ほどもある。いや、それはみみずのように地中にいたのであろう。黒っぽい土が全身についていた。

「何だ、こいつは?」

 北の地から来た戦士は、大斧を振りかざした。まだ蛇との間には距離がある。

「ヘンダーランにこんなものを飼う趣味はなさそうだな」

 面白くもなさそうに、ネフィアル神官の青年は答えてきた。
  
 リーシアンもジュリアも何も言わずに、各々の武器をかまえる。

 蛇の体は青黒い色に変わる。大きく鎌首をもたげた。口の中や細長い舌は真っ赤だ。牙も見えた。体と同じように青黒いが、金属的な光沢がある。よく研がれた、不気味な刃のように不吉に見えた。

 リーシアンは待ちかまえるより、こちらから打って出るのを選んだ。前に進む。ジュリアをアルトゥールの前に残して。

「後ろにも気をつけろ!」

 念のためだ。一応警告しておく。

「分かっている」

 落ち着いた声が背後から聞こえた。続いて、自分が何かに護られる気配を感じ取る。アルトゥールの『防護』だ。ジュリアのではない。北の地の戦士には、それが分かった。

 実は今日は鎖帷子(くさり・かたびら)を着ていない。硬めの革鎧のみの軽装だ。故郷では、交易で手に入れた鎖帷子を着ている者は少ない。ほとんどの者が、皮をなめした鎧を着て戦う。

「なんの。これくらいすぐにやれる」

 リーシアンは襲い来る蛇の牙をかいくぐり、地面についている胴体に切り込んだ。大きな戦斧の刃(やいば)は跳ね返された。ガチッ、と厚い金属板に叩きつけたような音がした。

「硬い」

 思わずつぶやく。

「グランシアにも来てもらえばよかったな」

 アルトゥールの声が耳に入る。リーシアンもそう思うが、もう遅い。今から連れて来ても間に合わない。魔術師ギルドにいるかどうかも分からない。

 探している暇はない。

 ジュリアが、リーシアンと向き合う蛇の側面に回り込んだ。雑草が膝のあたりまでも茂る中、見事なほどに素早い足さばきだ。

「ジュリアン神に加護を願います!」

 ジュリアのメイスが光る。白く、輝かしく、清冽に。

 メイスは蛇の鱗(うろこ)にめり込んだ。

続く

ここから先は

0字
霧深い森を彷徨(さまよ)うかのような奥深いハイダークファンタジーです。 1ページあたりは2,000から4,000文字。 中・短編集です。

ただいま連載中。プロモーションムービーはこちらです。 https://youtu.be/m5nsuCQo1l8 主人公アルトゥールが仕え…

お気に召しましたら、サポートお願いいたします。