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【サスペンス小説】その男はサイコパス 第26話

 マガジンにまとめてあります。


 知也はメッセージアプリでのやり取りを止め、自宅に帰ることにした。いつものように、あいさつもせずに一方的に切る。自分が同じようにされても気にはしない。

 水樹も近頃は慣れてきて、自分から急に切るのもよくあった。

 水樹は基本的には遠慮がちで目立たない真面目な男だが、それでも見てくれる人には好感を持たれ、いつの間にか援助される。

 時道老人も、同じような気持ちを孫に対して抱いたのだろう、と知也は思う。

 学生時代を思い出す。知也も表面的にはさほど目立ちもしない、真面目そうな学生だったはずだが、教授や講師、先輩に気に入られるのは水樹だ。

 知也も嫌われていたわけではない。それでも年長者として格別の敬意を示されたいと望むタイプは、知也の冷淡な気質を感じ取るらしく、水樹ほどには好感を返しては来なかった。決して。

「まあ、仕方がない。それはそれで当然だ」

 一方で水樹は人から舐められることも多かった。それが余計に時として強い口調で主張する癖へとつながったのだろう。主張すべき相手に、すべき時に言えていればそれでいいのだが。

「強く出なければ舐めてかかってくる奴らはいる。だが俺と水樹の友人たちは、違うだろう?」

 だから、ああするしかなかった。知也自身も腹に据えかねていたのもある。

「でもやり過ぎたか? いいや、そうは思わないな」

 知也は本屋の向かいの喫茶店に入る。そこで水樹の叔父を待つのだ。

「さあ、何が出てくるかな?」

 今の段階では、警備会社に勤める叔父を犯人と決めつけられない。

「四十分で来られると言っていたな。後、三十分ほどか」

 アイスティーをレモンで頼んだ。出てきたトレイの上に乗っていた。受け取り、一番近くにあった二人がけのテーブルに着く。

 気分は落ち着いていた。何の不安も緊張もない。ただ『面白そうだ、これから最高に面白い展開になりそうだ』そんな期待だけがあった。

 その時、昔なじみの顔を見た。濃いめの茶髪でゆるくウェーブの掛かったセミロング。大きな目に細い鼻梁と整った口元の華やかな美貌。椿だった。

 なぜこんなところに? とは思わなかった。付き合う前から、お互いの行きつけの本屋と喫茶店だった。付き合う前から、お気に入りが共通していたのだ。別れた後だって来るだろう。何の不思議も無い。

「とは言え、今は話し掛けられると面倒だ」

 椿は土地と株を大量に保有する父親と二人暮し、親一人子一人の家庭に育った。父親は、友人との付き合いがてらや、投資銀行などからの接待で、水商売の女性と交遊があったが正式に結婚はしなかった。

 椿は何も言わなかったが、知也は、娘に譲る遺産を他には分け与えたくはないのだろうと考えた。

 近づいてくる素人女が財産目当てだと面倒だ。椿の父親は、割り切って客としてだけ付き合える女だけにすると決めたのだろう。単なる憶測ではない。椿から聞いた彼女の父親像としてまず間違いはあるまい、と自信がある。

 椿は知也に気がつかなかった。テイクアウトを受け取り、また店を出て行く。

 また待つ。やがて約束の時間が来て、知也の前に目当ての人物が現れた。水樹の叔父、水沢雅史が。

「お待たせいたしました。お電話をいただきました水沢雅史です」

「はじめまして、ご足労いただき恐縮です。尾名町知也と申します」

 表面的には穏やかで礼儀正しい態度を見せつつ、内心では冷静に相手を値踏みしていた。

 ごく普通の平凡なサラリーマン。それが第一印象だ。ダークグレーのスーツに、明るめの藍色の斜めストライプのネクタイを締め、頭は少し薄くなっている。歳の頃は五十代の初めくらいだろう。

 薄い頭髪とは裏腹に、顔つきは若々しく生気もある。水樹に似たところは無いが、平凡そうに見えて、はつらつとした雰囲気を発散してもいるのは共通点とは言える。

 知也は勝手に法律事務所のセキュリティについて相談し始めた。これははったりであって、本当の相談ではない。水沢本人をおびき寄せるには、この方法が一番と考えたのだ。聞き出せるだけ聞き出せたなら、後は「やはり止めます」と告げて、それきりにすれば良い。

 事務所にばれたら? この間、セキュリティの誤作動で警報が鳴ったのを理由に、他の警備会社を調べたと言えばいい。余計なことをしなくていいと言われるだけだ。そんなことは表面的にだけ謝っておいて、内心では平然としていればいい。

 さらに知也はもう一つのはったりも用意していた。

「鷹野時道さんのご依頼で、私が代わりにあなたにお会いしました。ただ、そちらの件は後日でもかまいません」

 水沢の目がわずかに見開かれた。驚愕、の色。

「は、はあ。行政書士のあなたに、ですか」

「最近は行政書士も様々な相談事を受けなければなりません。さもなくば法律知識を持つAIに仕事を奪われますから」

 半ばは冗談めかしていた。概ねは事実でもある。

 知也の関心は自分の将来ではない。水沢からいかに知りたいことを聞き出すか。それだけだった。

続く

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