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【サスペンス小説】その男はサイコパス 第28話【愛情と温情は、必ずしも最善ではない】

マガジンにまとめてあります。


「な、なぜ、それを……」

 やれやれ。嘘やごまかしができない男だな。知也は思った。だがこの反応ならまず間違いあるまい。

「お話は水樹から聞きました。ご事情はよく分かります。あなたが時道さんを恨まれるのは無理もないですね」

 全くの嘘である。知也は水沢になんの同情もしていなかった。共感するところなど何もない。それでもそれらしい言葉を投げ掛けることはできた。必要ならそうするのだ。

「よろしければ話していただけますか? 警察には黙っています」

 これも半分は嘘である。事と次第では知らせるつもりだ。とりあえずはこう告げておくのが得策と考えていた。

 水沢は冷や汗をかいていた。灰色の無地のハンカチを取り出し額の汗を拭(ぬぐ)う。

「あなたは水樹と友人だとおっしゃいましたね。水樹からもあなたのことは聞いています」

「そうですか。私の方も仲良くさせてもらってありがたいですよ」

 これは嘘ではない。ありがたいとは思う。サイコパシースペクトラムの持ち主と分かっても付き合ってくれているのだ。発達障害と違って、俺を避けて通っても差別主義者と指さされることはない。にも関わらず。

 これは水樹への皮肉ではない。単なる事実だ。それが知也の考えだった。

「絶対に他には言わないと誓ってください」

「誓いますよ」

 誓いか。そんなものが何の役に立つのか。法的な契約書ならともかく、言葉を飾ったところで、単なる口約束以上のものではない。

 このおっさん、つくづく甘い考えで生きてきたんだな。そう思った。水樹が聞けば怒るだろう。お前には人並みの情がないのかと。無い。問われればそう答えるしかない。

 時道翁から金を借りられなかったのも、そんな甘い考えが見通されたからではないのか。それでも病気だった子どもには罪はない、とは言える。時道翁がしたことは無情だと非難されても仕方がない。

 だが、じいさんが完全に間違っていたとも思わないな。内心でつぶやく。

「セキュリティを切ったのは私です。そうです。不注意でも事故でもありません。過失ではない……私が故意にやりました」

「それはかなり重大な話ですよ。お分かりですね?」

「もちろん、分かっています」

「私としては警察には何も言いません。ですが、隠し通せるものでもないとは思います。あなたもそうは思われませんか?」

「そうですね」

 ここで水沢は一息ついた。目の前の氷水が入ったグラスを手に取り、一気にあおる。

「私は……どうしていいか、分からなくなりました」

「高城やよい、あの不法侵入とナイフ不法所持、強盗傷害の疑いで逮捕されたあの女性をご存知ですね?」

 これは質問と言うより、ほぼ断定だった。

「なぜそんなことを?」

「単なる偶然とは考えられない。それにしてはできすぎています。あなたがセキュリティを切った時に、たまたま高城やよいが不法侵入したのではなく、最初から何かの関係があったのではないかと、推測するのは自然です」

 警察はしっかりした証拠がなければ動けないだろうが。

 これも内心のつふやきだ。

 単なる状況証拠だけでは駄目なのだ。それが許されるなら、知也を家政婦の高木殺害容疑で逮捕もできてしまう。

 だから、警察が動けないのには、ありがたいと思うべきなのだ。推定無罪。疑わしきは罰せず。仮にそれで取り逃がす真犯人がいたとしても、自分が冤罪で捕まるよりはましではないか。ざっくりと言えば、そうした考え方に基づき、日本の、いや日本だけではなく近代的な司法は成り立っている。

「高城やよいは……私の娘の友人で。彼女の一人住まいの自宅に家族全員招待されて、手料理でもてなされたことが何度もあります。鷹野氏が……時道氏のことですが……あの老人に会社を乗っ取られた話には同情しました。高城やよいはその会社の社長秘書でした。その……個人的な関係があったのかまでは分かりません。仕事にかまけてばかりの社長とその奥さんの仲は、完全に冷え切っていたとは聞きました」

 それはダーツ君が言ってくれなかった情報だな。知也は思った。

 ダーツ君はおそらくは、やや短絡的に高城やよいと社長は愛人関係にあると思ったのだろうが、それこそ状況証拠だけで判断するやり方だ。水樹なら、そんなふうにあっさり決めつけはしないだろう。もう少し考えてから判断を下す。

「水樹がじいさんに気に入られたのは、そんな点もあるんだろうな、ダーツ君」

「ダーツ君とは?」

「いえ、こちらの話です。失礼しました」

 それでも時道翁は、ダーツ君にも配慮したほうがよかったのだろう。それが世間の常識と言うやつだ。この一連の話をしたら、ダーツ君に同情する者はきっと多いことだろう。
 
 同時に、水樹が時道翁に気に入られたのにも理由はある。時道翁も、ただただ、えこひいきだけで遺産を譲ろうとしているわけではないのだ。

 これが時道翁にとっての公平(フェアネス)だ。ダーツ君、つまり真先(まさき)が望む公平とは違っている。

 では、水沢は? 彼が望む公平(フェアネス)は、一体何なのだろう。

「はっきりとお聞きします。あなたの望みは何ですか? 時道氏への復讐ですか?」

続く

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1話あたり2,000から3,000文字です。現在連載中。

第一作目完結。83,300文字。 共感能力を欠く故に、常に沈着冷静、冷徹な判断を下せる特質を持つサイコパス。実は犯罪者になるのはごく一部…

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