『アイスウィンドサーガ1 悪魔の水晶』感想
この本は元々は富士見文庫から出ており、その後アスキー、アスキーがカドカワに吸収されると、カドカワからと、出版社が変わっています。
AD&Dなる米国製のテーブルトークRPGの設定を元に、サルバトーレが独自のヒロイックファンタジーを書き上げ、一躍米国でベストセラーとなった作品です。
米国で出版されたのは80年代の初め頃、その後80年代後半から90年代に掛けて、日本でもファンタジー好きの間では評判になりました。
アイスウィンドサーガは全6巻ですが、今回は最初の1巻のみを。
主人公はドリッズトといい、悪の種族であるダークエルフでありながら、善良な心を持って生まれた青年です。
しかしダークエルフとしての優れた力は存分に持っています。
シミター(やや小ぶりな曲刀)を二刀流で使いこなし、様々な知識を持ち魔術の腕にも優れている。その上、グウェンワイバーなる異界から召喚された黒豹を友として戦う。
銀髪にラベンダー色の瞳の、とにかくかっこいい孤高のヒーローです。
舞台は北の荒涼とした地、氷嵐の谷(アイスウィンド・デイル)です。
厳しい自然と邪悪なモンスター、略奪のために襲い来る蛮族、そんな危機の中で展開するヒロイックなファンタジー、それがアイスウィンドサーガです。
黒い肌の、邪悪とされる種族の生まれで、人々に偏見の目で見られ、人間の、つまりこのファンタジー世界におけるマジョリティの社会に受け入れられない存在。この主人公が暗喩しているものは明らかだと思います。
ただ、アメリカにおける人種差別のみならず、もっと広く、自分が本来生まれたコミュニティからははじき出され、他の場所でもなかなか受け入れられない人々の暗喩としてもいいのではないかと個人的には考えています。
そこはサルバトーレの筆の上手さ、普遍的な、人間の孤独感に訴える力があるのですね。
幸い、ドリッズトにも少数ながら彼を友としてくれる者たちがいます。その面々も個性的で、それぞれ一癖ある者たちばかりです。
脇役や悪役の描写にも手を抜かず、一人ひとりがまるでその世界で生きているかのように描かれています。
世界設定の見せ方も上手く、ストーリー展開とキャラクターの描写に合わせて、読者が無理なく読み取れる程度の情報量でありつつ、きちんと設定されたAD&Dの背景世界を活かしているのが伝わってきます。
キャラクター、ストーリー、世界観(世界設定 を活かして、独特の雰囲気や、世界の有り様を主人公たちがどう捉えているか示す)どれを取っても第一級のファンタジー小説です。
これは富士見文庫版の後書きにありましたが、ドリッズトはAD&Dにおける特別なキャラクタークラスであるレンジャーなので、かなり強く優秀な設定となっています。能力値も極めて高いですね。
でも決してピンチにならないわけでも、弱点がないわけでもありません。
ダークエルフの種族的な特質として、魔術に長け身のこなしは素早く軽いが、やや非力で、夜目が利くけれど太陽の光には弱い、その設定もちゃんとストーリーの中に活かされているのですね。
若い頃に読んで非常に感銘を受けた作品です。私は知らず知らずのうちに、この小説から影響を与えられました。
王道的なヒロイックファンタジーでありながら、一ひねりも二ひねりも入っている、とても優れたファンタジー小説です。
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