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英雄の魔剣 6

 この日のうちに、三人は王宮の外に出ていた。最初のうちは、王子の正体を隠して魔物を倒すと決めていた。セシリオとサーベラ姫も魔術で姿を変え身分を隠す。
 アレクロスは黒衣の騎士の姿となり、セシリオは旅の魔術師に身をやつした。男装した凛々しい弓使いの姿はサーベラ姫である。騎士の姿よりはずっと軽装で、軽い革鎧しか身に着けずにいた。弓は飾りではない。花弁の騎士が回復したなら、再び召喚した折に持たせるかも知れない物だ。
 防護の城壁で囲まれた王都の中は平和だ。一歩外に出ればそうではない。城壁に守られていない村々は、常に危険にさらされている。
 アレクロスは二人の部下を連れて王都の外に出た。馬にも乗らず、街道を歩む。

「そろそろですね。話に聞いた村は。水車小屋を管理する一家の、若い娘がいなくなったと聞いています」
 セシリオの言(げん)に王子はうなずく。
「行こう」
 王子は足早になる。二人の部下は後からついて行く。
 水車小屋にはすぐにたどり着いた。小川の岸に寄り添うように建つ。簡素な木造で、城壁内の建物のように意匠を凝(こ)らした石造りではない。

 王子たちは出入り口の前に立つ。アレクロスは声を上げた。
「私は遍歴の騎士だ。あなた方の娘さんを助けるために来た。ここを開けてもらえるだろうか」
 しばらくして、足音が聞こえてきた。家人が扉を開けて姿を見せた。少女の母親であろうかとアレクロスは思った。栗色の髪に、手入れの行き届いた肌。平民であるがそれなりには豊かな暮らしをしているのだろうと推察する。厳しい生活の中ならば、美を保つのは難しいからだ。

「私は旅の騎士、アリアスと申す者です。魔物を狩り名を上げるために来ました。あなたのお嬢さんをお助けしたい」
「ようこそお越しくださいました」
 水車小屋の婦人は、いぶかしむ様子を見せなかった。黒い騎士の姿に扮(ふん)した王子を信頼したようである。
 世を騒がせる魔物を狩ると、王家の名において賞金が出される。そのために魔物を倒すことを主な生業(なりわい)としている者もいるからだろう。
 婦人は外に出てきた。庭先にある質素な木製の卓と椅子を一行にすすめる。三人が座るのを見てから、自分も腰掛けた。
「娘はいつものように上流の方に水くみに行きました。川下は村の女たちが洗濯などに使いますから、くむのは上流に行かねばならないのです」
「ここから離れているのですね」
 アレクロスは優しく尋ねる。
「川沿いに、娘の足で半時ばかりです。いつも行く場所は決まっています。川底から清水の湧く場所があるのです」
 サーベラ姫のような訓練など、していない平民の少女。ならば、さして遠くにまでは行けるまい。アレクロスはそう考える。左右に座るセシリオとサーベラ姫を見るが、同じ考えのようだ。

「我々はそこへ向かいます」
 アレクロスは言った。
「今すぐにですか」
「そうです」
 正体を隠した三人に、水車小屋の婦人は頭を下げた。立ち上がって家の中に入ると、時を置かずに戻ってきた。より合わせた藁(わら)で編まれたかごに、あふれるばかりに堅パンとチーズを入れて持ってきてくれた。
「ありがたくいただきます」
 サーベラ姫は言った。安心を与える笑みを見せながら。
 婦人はまた頭を下げた。第一公爵家の令嬢とは知る由もない。どこか冒し難い気品の持ち主とは思ったのであろう。非常にうやうやしい物腰である。
 今のサーベラ姫は、男装して女である身を隠している故(ゆえ)に、婦人の目には、やや線の細い優しげな青年にしか見えぬはずである。
 一行は水車小屋の婦人に別れを告げ、上流へ向かう。

 水車小屋では、村の小麦を集めてすべて粉にひく作業をする。たいていは周辺の川の管理も兼ねている。領主から特別な加護と権限を与えられている場合が多い。それをやっかむ者もいるのだ。どれだけ善政を敷こうとも、何もかも良くすることは出来ない。王と言えど、人の身には変わりないのだ。
 一行は川底から湧き水が出る場所にたどり着いた。深く大きな淵(ふち)があった。その淵は川とつながっている。
 アレクロスはその場に近づく。と、不意に魔物が姿を現した。

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