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【サスペンス小説】その男はサイコパス 第1話

マガジンにまとめてあります。



 サイコパス。共感能力を欠き、それ故に冷徹な判断が出来る精神的特質を持つ。その中でも知能の高い者には、社会的に高い地位に就き、人並外れた成功をつかむ者がいる。

 外科医や警察官、軍人など、社会や国家に必要欠くべからざる職業にも適性の高い者が多い。

 知也は養父が暮らしているホテルから自宅に帰ってきた。宅配ボックスに小包が投かんされている。知也は気をつけながら手に取る。用心するにはわけがあった。恨みは多数買っている。正しいと思ってしたことだ。他からすれば違う場合もある。

 幸い、小包には何もなかった。実の母親から中元のような缶詰めの詰め合わせが送られてきたのだ。大した感慨もなくそれらを、食料庫を兼ねた食器入れにしまう。

 恨みを買うと言えば、知也が特に覚えているのは、自閉症スペクトラムの友人のことだ。自閉症スペクトラムのご多分に漏れず、彼、水樹もまた異常なほどこだわりが強く、他人の心情を察する能力を欠いていた。

 しかし、と知也は思う。水樹の心の内側は誰にも見えない。本当は、あいつは俺よりずっと心根は優しく、共感能力も高い。

 残念ながら、共感とそこから生じる優しさは、自分が理解できる範囲だけだ。共感できる範囲にしか及ばない。

 水樹に限った話ではない。人間なら、きっと誰でもそうだろう。水樹は、知也のことはあたかも人の心を持たぬ化け物のように感じているはずだった。

「それは正しいよ、水樹。少なくとも一面では正しい」

 水樹は無神経なこと平気で言う青年と思われていた。知也からしてもそれは事実だった。こだわりの強さから、極めて強い、キツイとも思える言葉が、物言いが吐き出された。

 にも関わらず水樹の本当の心は繊細で傷つきやすい。そんな心を、外側に適切に表現できない。

 それが水樹の人生を、人間関係を歪めてしまっていた。それは現代日本が自閉症スペクトラムの者に与えた、様々な権利を行使しても、埋め切れるものではない。生まれながらの損失だ。

 知也は知ったことかと、ある時皆の前で水樹に言った。

「自分はキツイ言い方をするのに、反撃されれば被害者面ができる。いいご身分だよな、俺と違って」

 サイコパシースペクトラムにしても、生まれつきと環境のせいでそうなる部分が大きい。全てが本人の責任ではない、とは言える。

 知也は反社会的行為はしない。それでも誰が彼の冷淡さ、共感能力の欠如に酌量してくれるというのか。

「今のままでもやっていける。しかしもしも与えてくれると言うなら一つだけ配慮が欲しいな」

「それはどんな事だ?」

 知也の育ての親である養父は訊いた。

「質問するのを許可して欲しいんだ」

 ただ適当に気持ちが分かったふりをして話を聞けなかった。どうしてそう思うのかを知りたい。悪用はしないし、必要以上に問い詰めはしない。

「だけど、訳も分からず共感や同意を求められるのはうんざりだ」

 なぜそんなことを言うのか? よくそう思ったものだ。水樹に対しても。

 自分はキツイ言い方をするのに、自分が同じように強い言い方で返されたら傷つくのか? 何故だ? と、そう訊きたかった。

「表面的に調子を合わせてはやれないし、やりたくもない。そうか辛いよな、発達障害のことを分かってもらえなくて、と適当に言えればな。俺は言えない。言いたくはない。理由が分からないのは嫌だ」

「そんな質問が権利として許されることはないだろうな」

「まあ、そうでしょうね」

 知也は、それ切りこの話を持ち出さなかった。

 二人はほどほどに高級で、何より古風な趣のある、長い歴史を持ったホテルにいた。養父は常にここで暮らしている。都内のマンションから電車を乗り継いて横浜のホテルまで来たのだった。

 養父は室内のテープルに置かれたコーヒーカップを手に取り、中のコーヒーを飲み干した。

 知也の前には温かい紅茶がある。ソーサー無しのマグカップに注がれていた。白い、飾り気のないマグ。養父のはウェッジウッドの数万円はする上等な物だった。

 ロイヤルブルーに金箔のラインが入っているデザインだ。知也がうっかりと割っても許してもらえる。わざとでなければ。

 知也は椅子から立ち上がる。

 立ち上がって洗面台でカップを洗い、次にグラスを二人分用意した。備え付けの小さな冷蔵庫から、外で買ってきた無糖の炭酸水を取り出す。

 グラスに注いで、窓際のテープルまで運ぶ。また椅子に腰掛ける。テープルをはさんで、養父の向かい側に。

「水樹は間違いなく質問されるのにネガティブな想いを持つ」

「そう、詰問されたように感じる者もいるからな」

 冷たい炭酸水が口の中に強い刺激となって弾(はじ)けた。

続く

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