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【和風ファンタジー】海神の社 第十四話【誰かを守れる人間になれ】

マガジンにまとめてあります。


 実咲は決して鷹見に近づきはしなかった。入ってきた窓のそばに、壁際に立っていた。太刀があっても届くまい。弓を使うには近過ぎる。

「私は希咲様の配下です。このようなお振る舞い、希咲様は喜ばれますまい」

「希咲様、だと? 主《あるじ》様と呼ばぬのだな。それが馴れ馴れしいと言っている!」

 実咲は叫んだ。こんなに大声を出しては、眠っている希咲にも聞こえるだろう。鷹見はそう思ったが口には出さない。

 希咲様に止めていただくのだ。その方がいい。お疲れのところをお起こしするのは申し訳ないが仕方がない。
 
 不幸なことに、希咲より先に召使いが目を覚ました。彼は何事があったかと思い、声の聞こえる方へと走ってきた。主である南城希咲の配下の神田山鷹見が客間に泊まっているとは彼は知らない。寝ている間に、主が鷹見を客間に入らせたからだ。

 声はその客間から聞こえてきた。主がどなたかを泊めたのであろうかと思いつつ、客間の障子を開けると。

「み、南城の弟君様? なぜこちらに。主様は」

 召使いも知っている。主の弟が何をしでかして土蔵に閉じ込められたのかを。なぜ出て来られたのかは、鷹見と同じく彼にも分からない。御霊狩りではないただの人の彼には、驚きよりも恐れが勝る。

「駄目です、入ってきてはなりません」

 鷹見はあわてて制止した。召使いに対して実咲がどうするか、確実に分かるわけではないが、危険からは遠ざけるにしくはない。

 召使いは焦げ茶色の着物の、地味だが清潔な出で立ちだ。その召使いは、実咲の形相と、手の黄色い目玉を見て後退《あとじさ》った。

「邪魔をするな!」

 実咲の声が屋敷中に甲高く響き渡り、鎌鼬《かまいたち》が飛んだ。召使いの右の二の腕から血が流れる。

「ひぃ」

 男は腰を抜かした。障子の外側の廊下に尻もちをつき、両手を腰の後ろについて身体を支えている。彼も知っている。実咲が大きな力を持つが使いこなせない依り代様であると。

 鷹見は障子の方に跳んだ。召使いの前に立ちふさがる形で、実咲に相対《あいたい》する。

「あ、主様をお呼びします」

「いや、俺の太刀を持って来てくれ」

 狼狽している男に鷹見は言った。言った後すぐに男の足音がして、気配が消えたのを感じ取れた。控えの間に取りに行ってくれたのだろう。

「太刀などあっても僕に敵《かな》うものか」

 実咲の言を聞きつつ、鷹見は客間用に据えられた座卓を盾のようにかまえた。座卓の足を二本がっしりと持って、そのまま実咲に突進した。実咲は荒御魂を使う間もない。

 が、そのままやられはしなかった。実咲は召使いが開け放しにしていた障子戸から素早く走り去った。屋敷の玄関の方に向かう。

 鷹見は追わなかった。実咲は逃げるのだろうと考えていた。

 召使いも鷹見の武器を取りに、玄関の方に行ったはずだ。そのすぐそばの控えの間に鷹見の武器は置いてある。実咲に太刀や弓矢をうばわれるとは思わなかった。

 華族は、普通は武門の者が用いる武器を手にするのは嫌うものだ。実咲は大変身分にこだわるようであるし、このような時でも武門の出ですらない鷹見の武器には触らぬであろうと思われた。

 その時。屋敷の奥から誰かが走ってくる音が聞こえてきた。一人。ばたばたと音を立てるのでなく、こんな時でも節度があり、訓練された足音の響きだ。

「希咲様、危険です」

 鷹見は足音の主に向かって叫ぶ。

「大事ない」

 希咲の端整な声が聞こえた。声には隠し切れない疲れがにじんているのも聞き取れた。
 
 希咲が来る前に、玄関から血の匂いが漂ってきた。召使いの男の苦鳴、助けを求める叫び。

「希咲様、俺が行きます」

 背後に叫んで駆け出した。玄関まではすぐだ。召使いは、控えの間の前の廊下に倒れていた。

 実咲の姿は見えない。

「しっかりしろ。これは、実咲様が?」

 男は弱々しくうなずいた。

「止血を」

 大陸伝来の作法で作られた霊符を召使いの額に当てた。こんな時でもお守りのように、肌見放さず持ち歩いている。これは宮部からもらった物だ。紙に墨で、文字や複雑な図が描かれている。

 それをもらった時、宮部の前で心底感嘆したものだった。

「すごいですね、さすがは大陸伝来の術です。こんな紙切れ一枚に、素晴らしい力が込められているのですね」

「ま、こうした物もほどほどには使うものだ」

 宮部はにやにやと笑いながら、鷹見の様子を見ていた。

 ほどほどに。それが出来る者と出来ない者がいる。鷹見は誰でもその気になれば出来るのだと信じていた。今は、違う。

 残念なことに、希咲が来た時には、すでに男は事切れていた。霊符は効かなかった。この時には効かなかったのだった。

「それでは玄武の山のあれは実咲様が?」

 ほとんど休めぬまま起き出した希咲は、鷹見や騒ぎを聞きつけて玄関辺りまで来た三人の召使いたちが何と言おうとも、寝所に向かおうとはしなかった。鷹見は、手古名の気持ちが分かる気がした。

「おそらくは」

 希咲はただそれだけ口にした。冷静で動揺の色は見えないが、いつもの物柔らかな態度ではない。

「土蔵に閉じ込めてからは、実咲には何の力も使えないようにしたはずだった。でも違った。あいつの言う通りだ。何もかも私の甘さが招いた事だ。この責任は取らなくてはならない」

「しかし、しかし、玄武の山では結局は大事《おおごと》は起こらなかったのです。我々が、鵺を見つけて退治しましたから」

「私には、それだけで済むとは思えない」

「と、申されますと?」

 希咲は死んでしまった召使いのかたわらにかがみこんでいたが、スッと立ち上がった。希咲が依り代として使う和御魂の力をもってしても、召使いを生き返らせることは不可能なのだ。

「今から玄武山に行こう。お前もついてきてくれるか?」

「今から、でございますか?」

「そうだ。浄めは今晩のうちにやってしまおう」

続く

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