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オリジナル小説 ジュンちゃんとヒモ男#3

 ヒモ男がこの家に転がり込んでから、一年が経とうとしていた。ヒモ男は相変わらず働かなかったし(職安にも行っていない)、いつも家庭用ゲーム機かスマホゲームで遊んでいる。


 ある日、ヒモ男が小汚い小男を連れてきた。小男はすきっ歯で、どこか信用できないような雰囲気の男だった。以下、小男を<すきっぱの男>とする。すきっぱの男は髭もじゃで、明らかに一般受けしないタイプ。
「ひなちゃーん。新しくできた友だちを連れてきたよ」
 既にお酒が入っているのか、ヒモ男はテンションが高い。
「いらっしゃい」
 雛子さんは、歓迎とまではいかないがヒモ男に返事をした。雛子さんは、表面上は笑ってはいるが、目の奥は笑っていなかった。
「渡辺さんとはパチンコ屋で偶然隣の台に座ってさ、意気投合したから連れてきたんだ」
「どうも、渡辺です」
 すきっぱの男は渡辺と名乗ったが、胡散臭い見た目ゆえに、偽名にしか思えない。
「亮くんがお世話になっております」
「いえ、堅苦しい挨拶はいいんですよ。さ、飲みましょ飲みましょ!」
 すきっぱの男はリカーショップのビニール袋から蒸留酒を数本取り出し、雛子さんにも酒を薦めた。
「私、ウォッカは飲めなくて……」
「そうでしたか! ま、女性はあんまり飲まないほうがモテますわな。それじゃあ亮くん、乾杯しようや!」
 バカでかい声で話すすきっぱの男に、雛子さんはタジタジである。一方、ヒモ男はザルなのか、次々と瓶を空にしていく。お前はヒモのくせにザルなのか! クリーンなヒモは酒を飲まないはずなのに……。
 ヒモ男とすきっぱの男によるどんちゃん騒ぎは朝まで続き、雛子さんは酔っ払いたちの相手をするのに疲れていた。

 翌朝。すきっぱの男が帰ったのち、雛子さんはあることに気が付いた。
「私のお財布、なくなってる……」
 嘘でしょ、と呟く声がかすかに震えている。
「ちょっと亮くん、起きてよ」
 ヒモ男はもごもごと何か言おうとするが、酔いつぶれているため、会話にならない。
「仕方ないなぁ。私もう仕事行かなきゃいけないから、行ってくるね」
 ヒモ男はまだ起きない。

「うう、飲みすぎた……」
 飲みすぎた、じゃないだろう、雛子さんの財布が見つからないんだぞバカヤロウ! 僕が吠えると、ヒモ男はあからさまに両手で耳を塞ぐ仕草を見せた。
「頭に響くから、きゃんきゃん鳴かないでくれよ……」
 これだから小型犬は……と、情けない声でヒモ男は口にする。嚙みついてやろうかとも思ったが、そうしたら悲しむのは雛子さんなので、やめた。

 夕方、帰宅した雛子さんはヒモ男に財布の件で問い詰めようとしていたが、思わぬ先客があった。
「え……? 渡辺さん、でしたっけ」
 すきっぱの男が、雛子さんよりも先に、この部屋に入っていたのである。ヒモ男と共に。
「ひなちゃん、おかえり。渡辺さんが忘れ物したとかで、さっき来たところなんだ」
 すきっぱの男はおもむろに頭陀袋から雛子さんの財布を出した。
「いえ、決して私が盗んだわけではないんですよ。ただ、自宅に帰ったら、この頭陀袋の中に、お嬢さんのものと思われる財布が入っていたので、届けにきただけなんですよ」
 動揺する雛子さん。次の言葉に、さらに目を見開くこととなる。
「だって私は元警官ですから。お嬢さんに届けるのは当然の義務なんです」
「じゃあ、あなたが盗んだわけではないんですね?」
「ちょっとひなちゃん! ストレートすぎるよ。渡辺さんは盗みなんてしないって」
 いつの間にか、雛子さんの財布はすきっぱの男が盗んだわけではなく、雛子さんが頭陀袋に入れたことになってしまっていた。何がどうなっているんだろう。
「亮くん、いいんです。私は疑われても仕方のない人間なのですから」
 僕は思わず吠えていた。雛子さんは悪くない。悪いのはすきっぱの男とヒモ男だ。
「ジュンちゃん……。亮くん、ちょっと二人で話そうか」
 厳しい表情になる雛子さん。すきっぱの男も場の空気を察して、あたふたと出ていった。

「亮くんには悪いけど、私は渡辺さんのこと信用できない。お金やカードは盗まれていなかったけど、もう二度と家に連れてこないで。次は何があるかわからないし」
「ひなちゃんがそこまで言うなら、もう連れてこないよ」
 はたしてヒモ男は、雛子さんの言ってる意味を理解できたのだろうか。わかったよ、などと拗ねた口調でスマホを取り出し、なにやらいじっている。またスマホゲームの課金ガチャでもやっているのだろう。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます! より良い記事を書いていきたいです。