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オリジナル小説 ディスライク#4

エレベーター
 居酒屋で精算を済ませて、狭いエレベーターに入る。密室。乗っていた学生とおぼしき集団が、いっせいに降りてゆく。途端に、二人きり。心臓が早鐘を打つ。
「みなずくさん」
「何ですか」
「暑い、ですね」
 少し考える素振りを見せながら、みなずくさんは、そうですね、と肯いた。

 みなずくさんみなずくさんみなずくさん。
 手を伸ばせば届く距離に彼はいる。それなのに、伸ばせない。私の手は、意味もなく結んで開いて手を打たずにまた結んで開いている。このままでは、変な人間だと思われる。どうしようどうしよう、などと思っていたら、エレベーターが目的地に着いた。
「降りないんですか?」
 開のボタンを押しながら、みなずくさんが怪訝そうに訊ねてきた。降ります、と言って慌てて降りる。
振り向いて顔をあげれば、みなずくさんの冷たそうなまなこがこちらを見下ろしていた。なんて、綺麗な表情をしているのだろうか。
「みなずく」
 甘い声がした。声の先には、にこやかな笑みをたたえる女性が傘を持って立っていた。さらしなさんである。
「雨が降るって予報が出てたから、傘持ってきちゃった」
「雨って言っても、小雨なんじゃないの」みなずくさんの声から、感情は認められない。
「みなずくはいつもそう言ってずぶ濡れで帰ってくるじゃない。それに、諸葉ちゃんの傘も持ってきたのよ」
 目の前に差し出されたパステルカラーの傘に、私は戸惑った。
「最近の風邪は長引くらしいから、持ってって」
 八分咲きの笑みで言われたからには、傘を持って行くしか選択肢がなかった。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます! より良い記事を書いていきたいです。