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【詩】この道

この町で暮らしてきた
この道を歩いてきた
この角を曲がれば
その先にあの日があった
あの場所に至るたび
あの眼差しを思い出す
 
歩き慣れた森の小径
枝に隠れた鳥をさがし
蝶を追って、途方にくれた
深い草むらの
見知らぬ、むこうから
無言の気配がみつめていた
 
想い出は潰されて
隠されていた、むこうを
あっけらかんと眺めている
切り刻まれた幾つもの箱に
すました戸口がならんでいる
 
おもかげは
跡形もなく、失われてしまった
けれど、この道を通るたび
思い浮かべずに、いられない
瞳の奥に、こびりついた匂いを
いたずらにさぐっている
あの眼差しの正体をさがしている
 
帰ることのないあの日を
この道に、この町にもとめても
愛想もなく、口をつぐむだけ
わたしは、古びたアルバムを捨てて
新たなページを開こうとする
馴染みのない道を歩いて
気配の居場所を確かめようと
密かな疼きを抱えたまま

©2022  Hiroshi Kasumi

お読みいただき有難うございます。 よい詩が書けるよう、日々精進してまいります。