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【詩】樹の夢

昨夜、わたしは一本の樹であった
地に根をはった、瑞々しい樹であった
とはいえ、初々しい幹をしならせる
何も知らぬ、若木ではなかった
もういく度も、花を咲かせ実をつけて
くり返す、芽生えと落ち葉の定まりに
疲れはじめた樹であった

春、目覚めをおぼえ
梢を震わせながら
無数の小枝に葉を繁らせて
おびただしい生き物たちの家となり
力いっぱい、背伸びして
地中深く、足を踏ん張り
やがて、夏の陽を両手にかかえて
大地に生まれたよろこびに
体いっぱい、満ち満ちる
指先に咲かせたいくつもの花
いつしか、たわわな実りとなり
鳥たちの嘴をよろこばせ
種はどこかへ、運ばれていく

だがしかし、わたしはこの地を動けない
支える足を抜くすべがない
秋風に、枯れた葉を奪い取られて
半年の間、裸をさらし
冬の寒さに耐えて、空を見上げて
立ちつくすよりないのだ
歓びにわいた夏を思いながら
目をつぶり、素肌をこわばらせて
春の訪れを、待ちわびている
年ごとの、季節の巡りに
疑いもなく、歳を重ねてきた

だがしかし、なぜ
鳥たちは、自由に空を飛び
時にわたしに、宿りをもとめ
やがて、どこかに去るのだろう
わたしに棲みつく虫たちは
根から梢のあらゆる場所で
生まれ、滅んでいくというのに

そしてわたしは
目線の届かぬむこうを知らない
視界を越えた、見えない先に
何があるのか、知りようもない
目の前の眺めが、知るすべて
だから、わたしは風に訊く
君が吹いて流れた大地に
何を語ってくれようか
鳥の囀りに、訊ねてみる
飛んで巡った大空に
何を歌ってくれようか

何も確かめるすべはない
けれど、わたしは感じている
感じることに、想いをめぐらせ
黙って、考えている
己の生き様を、考えている
それが、生きる意味だと思う
そう思うのは、
わたしが、朽ちてきたからなのか


©2022  Hiroshi Kasumi

お読みいただき有難うございます。 よい詩が書けるよう、日々精進してまいります。