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【詩】憧憬

空に、雲が浮かんでいる
白い雲が、ぽかりぽかりと
水平線のうえを、歩いている
見上げると、透き通るうろこ雲が
一面、青白くおおって
山すそからこちらに向かって
細長い、飛行機雲が走ってくる

雲は、陽の光を浴びて
白くかがやき、灰色の陰となり
たまらない眩しさで
瞳の底に余韻をきざむ

目にうつる、雲の景色は
掴みようのない、刹那のまぼろし
一瞬の、奇跡の所業
気紛れに、すれ違い、ぶつかり合う
風が描いた、飾りのない筆の足跡

人は、雲の眺めを仰いで
ため息をつき、日常を忘れようとする
時に、焦りや哀しみを乗り越え
その先に、希望の光を見ようとする
けれど、雲は留まるところを知らない
素っ気なく、浮いてただよい流れるばかり
まばたき、視線をそらした隙に
いつとはなしに、姿を変える
気がつけば、あてなく消えてしまう

降りそそぐ、沈黙の鐘の音は
白々と、澄んだ鼓動を打ち放つ
この空の深さも、あの雲の高さも
まなざしで、触れることのない空間だ
人は、小さすぎる眼のスクリーンに映された
青い大きなクーポラを、横切っていく
風のゆくえを追いかけるだけ

遠く、確かめようのない彼方にある
あの激しさも、その冷たさも
晴れた空に、思い描こうとはしない
生じては失せる、不可思議を
反射の虚像に眺めるだけ
穏やかさは、思い込みに過ぎない

それでも、雲は笑っている
陽を浴びて、無言の波長で語っている

雲をじっとみつめていると
なぜだろう、涙が溢れてくる
わたしは、くたびれ果てた自分を忘れて
壮大な空の仕業に、ただ見とれているばかり

©2023  Hiroshi Kasumi

お読みいただき有難うございます。 よい詩が書けるよう、日々精進してまいります。