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【詩】風のにおい

この場所で十五年、眺めていた
まだ、蓋をされていない頃からだ
むこうからこっちまで
透きとおって、何もない自由を
君は、当たり前に駆けていた
森にあそび、野原にころび
水にしたしみ、土にたわむれ
鳥を梢の枝に、はこび
虫を草の葉先に、さそう

春のひざしに、君をみた
桜の花を通り抜けて
山吹色を反射して
瞳の憂いを透かしていった
夏のあらしに、君をみた
蒸した草木の
熱い息吹を
にわかの雨に巻き上げた
秋の夕べに、君がいた
枯れ草の茂みにバッタが跳ねて
明るく浮かんだ満月から
君の遠吠えが聞こえてきた
冬の夜明けに、君がいた
覆い尽くす凍りのシーツの
乾いた色がまぶしかった

鳥の声を、聞いた気がした
すました顔のガードレールが
座りはじめていただけだ
やわなシャッターで砦を築き
宝さがしに余念がない
虫の羽音を、見た気がした
珈琲とパンのテーブルが
手招きしていただけだった
左どなりの柵の奥から
饐えたみそ汁の臭いがする

君に宿した無数の鼓動は
燃えるごみのビニール袋に
腐りかけた死臭の中に
生木もろとも詰め込まれ
焼却場で溶かされる
君が見あげた高みの震えは
縄をかけて引きずり下ろされ
見る影もなく切り裂かれて
首根っこまで引き抜かれ
跡形もなく、踏み固められた

変貌する、眼下の眺め
浅はかな行為を恨み
失われた光を悔やんで
消えてしまったかがやきを
徒らに、嘆いたところで
破壊を急ぐ愚かさは
ひとときも、立ち止まらない
開発と言う名の欲望が
無表情に牙をむいて
ことごとく、蓋をしてしまう
運命とは何だろう
己の無力さを思い知り
甘んじて受け入れながら
目をそらそうとすることなのか

この場所で、同じように眺めている
蓋の上に築き上げた
言葉のない沈黙の廻廊に
君は声音を消して
やるせなく、羽をたたみ
通り道をさがしている
封じられたすき間で
もだえて
よどむだけ


©2022  Hiroshi Kasumi

お読みいただき有難うございます。 よい詩が書けるよう、日々精進してまいります。