『僅かばかりの暗がりの果てを探しに』 2.

 自然と言葉が歩いてゆく。
たまにそういう文章に出会える。小説でもエッセイでも、「あ、これ勝手に書かれちゃってるな」っていうところ。レシピとかを読んでいてもそう感じることがある。
 流石に説明書では見たことないけど。
説明書の言葉が勝手に歩き始めたら果たしてどうなってしまうのだろう。どこに向かって歩いていって、どこまで歩いて行けるのだろう。あの子たちを自由にしたら、一体どんな遊び方をするのだろう。
 そんなことを考えながら、河原の景色にタバコの煙を吹きかけた。規則的なスニーカーの音が電車のように背中を通り過ぎてゆく。Tシャツ一枚で座り込むにはそろそろしんどい季節になってきた。コンクリで繋がれた石の護岸は、ここから一歩でも下れば転がり落ちてしまう。適度な角度の石に胡坐をかいて、太陽に暖められた岩肌で脚を支える。こんな短いジーパン、もう履く歳でもないのかな。どうなんだろ。でも寒いから、今年はもう辞めよう。ジリジリと鳴き始めたタバコを口元から離し、川面めがけて投擲する。その時、背後から汽笛のような声。
 「あっ!」この声を知っている。この声色も経験がある。
 「真依さん!こんな所にいたんですか。あっ!」
 最後の「あっ」は私も言った。一番面倒くさい人に見られてしまった。
 暫く仁王立ちのまま尋問を受けた。私も彼女に向き直ったが、胡座をかいているので反省しているようには見えなかっただろう。
 彼女はしっかりと秋用のコートを着ていた。フェルト生地っぽいローファーも履いていた。こんな河原の際に立って大丈夫なのだろうか。私はすぐに立てないから転んでも助けられないぞ。説教の合間に大きな買い物袋を時折持ち直している。この近くのスーパーのだ。ああそっか、木曜日は冷凍食品が安いんだっけ−−−
「ちょっと、先輩、ちゃんと聞いてるんですよね?」
聞いてない。
「えぇ?うん。そうだね。」
適当にいなしながら聞いていた。そろそろ日が落ちるぞ。冷蔵庫には何があっただろう。何もなかった気がする。
 「そうですか。じゃあ、お家あがりますから。」
 あれ?と聞き直す暇もなく、彼女は河原を登ってゆき、並木に留めた自転車に向かっていった。
 わざわざ降りて声を掛けてくれたのか。
 いきなり来られてもうんたら、など弁明しても通用しなかった。
 
 これは少し昔の話。私がまだ、人生の選択肢は能動的に選んで行けるんだと、心のどこかで信じていた頃の話。