夢心酒造(福島県・喜多方市)「会津金印」

※ショートストーリーとともに、日本酒のご紹介をします。日本酒に興味が無い方に読んでいただいて、日本酒に興味を持っていただき、実際に日本酒を召し上がっていただけたらと思います。福島住まいなので、ご紹介する日本酒は、どうしても福島のものが多くなります。

 夜の暗い道のりを、ライトで照らしながら車で走って家に帰るまでがじれったい。会社から家までワープできればいいのに、と奈生は子どもじみたことを考えた。

――雪がないだけありがたいけど。

 暖冬であるということでこの冬はいまだ積もらない。

 例年なら何度か積もっていていい地域に奈生は住んでいる。

 雪がなくたって冬は冬、曇る窓ガラスと格闘しながら家まで帰ると、明かりがついている。

 夫が先に帰っているのだ。

 とすると、部屋の中はあったかなハズ。

 奈生の心は弾みを覚えた。

「ただいまー」

 コートを脱いで玄関を上がると、おかえり、と夫が出迎えてくれた。エプロン姿がよく似合っている。

「着替えてきな。お風呂も沸いてるよ」

 お風呂は翌朝にでもすることにして、ラフな格好に着替えた奈生は、早速食卓につくことにした。冬の食卓はおコタである。

「ああ、あったかい~」

 ぬくぬくとしたコタツに入ると、夫が、すぐに食事を用意してくれる。

「おおっ、今日は鍋だねー」

 カセットコンロを準備して、すでにキッチンで温めておいてくれたらしい鍋を、その上に乗せる。

 ほわほわとした湯気が立つのを見ながら、何か手伝おうかー、とおざなりな声をかけてみる。夫は苦笑すると、

「いいから座ってな」

 と見透かした声。

「わたしはいい夫を持って幸せだってこと、今日はもう言ったっけー?」
「いや、まだ聞いてなかったな」

 椀を持って来てくれた夫が微笑みながら言うと、お腹がぐぐうと鳴った。

「もうちょっと待ってな。今、熱燗つけてるから」
「コタツもよし、鍋もよし、でも冬の風物詩はやっぱり熱燗だよね」
「冬のって……一年中飲んでるじゃないか」
「冬は特別美味しいのよ。夏場のアイスとおんなじ」
「なるほど」

 納得してくれた夫が、お猪口を持って来てくれる。

 良い感じにぐつぐつしてきたお鍋におたまを差し入れて、しんなりした野菜と、エビやホタテなどの海鮮を取り分けていると、お銚子を持ってきてくれた夫が、エプロンを脱いで、コタツに足を入れる。

「お疲れ様、ささ、どうぞ一杯」

 奈生が、布巾を使って熱くなっているお銚子のお腹を持ち、隣の夫に酌をする。

 夫が、じゃあ、ご返杯、と言って、奈生に向かってお銚子を傾ける。

 奈生が構えたお猪口に、とくとくと透明な液体が注がれる。

 お猪口がじんわりと温かくなって、ふわりと香が立つ。

「今日も一日お疲れさまでした」

 そう言うと、奈生は、夫が口をつけたのを確認してから、自分もお猪口に唇をつけた。

 やがて口の中に広がる柔らかな旨みは、やや辛口であるようだけれど、優しい味である。
 奈生は、ホッと息をついた。

「美味しいなあ、夢心《ゆめごころ》」

 福島県喜多方市にある夢心酒造の会津金印。普通酒である。普通酒というのは、やかましい定義があるけれど、まあ普段飲みのお酒だと思っておけばよい。

 さて、この夢心会津金印普通酒は、全然普通じゃない特別なお酒である。というのも、ロンドンで毎年開催されている国際的なワイン品評会、「インターナショナル・ワイン・チャレンジ」において、2015年度、日本酒部門普通酒の部において、見事、最高金賞を受賞した酒だからだ。言わば、世界一の普通酒である。つまり、世界一の晩酌酒。

「最高だなあ、夢心」

 その飽きの来ない味わいに奈生が感動の声を漏らすと、

「のんべえにも優しい価格であることもいいところだな」

 と、くいっと杯を飲み干した夫が言った。

 このお酒は、また、同品評会において、四合瓶――720ml――換算で小売り価格1000円以下の酒の中から選ばれる「グレートバリューサケ」も同時受賞している。

 懐に優しくてかつ美味しいお酒ということだ。

 二人とも一杯ずつ飲み干してから、また注いで、それから、湯気を立てるお椀へと箸を向けた。白菜をはふはふとやりながら、エビやホタテを味わって、味噌仕立てのスープも飲む。それから、また改めてお猪口に向かって、夢心を飲むと、温かくなってきた体がふわりと浮くようである。

「あー、幸せ」

 心からそう言うと、夫が苦笑した。「幸せか?」

「うん。あなたと一緒にこうして夢心を飲めることが、わたしの幸せなのさ」
「おっと、もう酔っぱらってきたのか?」
「そんなわけないでしょう。……あれ、でも、おかしいなあ、今さっき注いでもらったお酒がもう無いよ?」
「勝手に無くなったみたいな言い方するなよ。自分で飲んだんだよ」
「あれ、無意識だったなあ。夢心が美味しいからいけない」
 
 夫に向かってにんまりとすると、彼は、すぐにお銚子を傾けてくれた。
 
 もちろん、ご返杯。
 
 お銚子はすぐに一本空になって、もう一本つけに立ってくれる夫に、奈生は心から感謝した。心だけだと伝わらないこともあるので、口に出しても言っておいた。ついでに、

「今度は今よりぬる燗にしてー」

 と注文をつけた。

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