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富山県は本当に「『寿司』と言えば富山」になれるか? vol.12(Sushi collection TOYAMA その1)

 これまで11回ほど連載を重ねてきたので、そろそろ前口上はやめようと思う。私のなかでも定期的に富山県に通い、寿司屋巡りをすることが当たり前のように感じられてきた。

 今回は当初、ここ数か月、何人かに「富山市内に面白い寿司屋が出来たよ。発見されて有名になる前に行った方がいいよ」と言われた店があり、そこに行こうと思っていたのだが、そこに行く前に、富山県が主催する「Sushi collection TOYAMA」に参加することになった。これがまた、とても興味深かったので、まずここでの学びを書こうと思う。

 これは富山県のブランディング戦略「寿司といえば、富山」の認知度向上を図ろうと、県内外のインフルエンサーを招待した体験ツアーで、6月5日から1泊2日で行われた。

 1日目の午後、新高岡駅に集まったのは、食や旅行メディアや飲食店の経営などにかかわる約20人。友人も数多く参加していた。まずは、氷見線を走るJR西日本の観光列車「ベル・モンターニュ・エ・メール~べるもんた~」を貸し切り、乗車。車内で富山湾鮨を堪能しながら氷見まで乗車できることが魅力の列車だが、今回は夜におたのしみがあるため、ここでは美食地質学を提唱する巽好幸さんから富山の特徴的な地形と深層水、美食の関係についての講義を受けた。

JR西日本の観光列車「ベル・モンターニュ・エ・メール~べるもんた~」。

 氷見に到着してからはバスに乗って、灘浦定置漁業組合に向かい、定置網の仕組みについて話を聞いたのだが、個人的にはこれが抜群に面白かった。
 以前から「定置網は、網にかかる魚の2割~3割しか獲らない」と聞いていて、なぜだろうと思っていたのだが、その疑問が氷解したからだ。簡単にいうと定置網はおおきな網の中で魚を回遊させ、そこからだんだん小さくなる網に魚をおびき寄せて、そこに入った魚を捕獲するシステム。魚に対するダメージも少なく、網の目の大きさを調整することで幼魚を獲るリスクを減じているため、ほかの漁にくらべて、とてもエコな漁なのである。
 氷見は富山のほかの漁港にくらべて、すぐに深海とならないため、定置網を置きやすいのも特徴。富山湾には日本海にいるおよそ800種の魚のうち500種ほどがいると言われるが、定置網を使うことで多くの魚種をいい状態で獲れるというわけだ。

灘浦定置網漁業組合のシステム。

 さてと、お勉強が終わったら待望の実習の時間だ。この日の晩ごはんは、氷見市の寿司「成希」。店主の滝本成希さんと富山市東岩瀬の寿司「GEJO」の下條貴広さんの競演を楽しむという大変贅沢な企画だ。私は昨年、はじめて「成希」を訪れ、とても気に入った経緯はこの連載でも記しているが、実は今年に入ってもう一度うかがい、今回のコラボの企画を内密に聞いていた(笑)。もちろんだれにもしゃべっていないが、それだけに、この日を心待ちにしていた思いは人一倍だった。というのも、この連載で私はかなり富山県内の寿司屋を回ったが、なかでも革新的な寿司を握る職人のひとりが成希の親方だと思っていたからだ。ロンドンでの修業体験を持つという経歴が、彼の視座を広げたのかもしれない。

「成希」の主人、滝本成希さん。

 もうひとりの下條さんも同様である。寿司「GEJO」は富山中の美味が集積する富山市東岩瀬にあり、私は開店直後に訪れている。下條さんは同じように革新的な寿司屋「鮨し人」(現在は休業中)で修業して2020年に独立したのだが、その後もフランスやイタリア、スペインなど世界各国で寿司を握っており、私が訪れたあとにどれだけ進歩したかを味わいたいと思っていたところに参加したのが今企画だったのである。

ふたりは実は初対面。

 成希は本来、カウンターと個室のみ。店内は広く、優雅な内装だが、20人は到底カウンターには入れない。どうするんだろうと思っていたら、今回のイベントを企画した「ONESTORY」はなんとこのために、個室を改造してカウンターを作ってしまった。つまり、ふたつのカウンターでふたりの職人が前半、後半で入れ替わって握るというとても斬新な企画になっているのだ。

今回のイベントのために作られたカウンター。

 私はもともとのカウンターの中央が席となっていたため、まずは成希さんの握りを楽しんだ。寿司自体はオーソドックスだが握りの姿は優雅。隠し包丁を入れたアジや春子、氷見マグロを堪能し、酒のすすみそうな酒肴を中休みにいれて下條さんと交代した。

成希さんのアジ。
成希さんの春子鯛。
酒が進む酒肴盛り合わせ。

下條さんはアジのを押し鮨にしたり、マグロを漬けにするなど、ひと手間を加えた寿司を繰り出す。こちらも斬新だが、ふたりとも「寿司」の持つイメージを大幅には逸脱していない。現代的な寿司を握ってくれたと私は感じたが、これもふたりとも、海外から寿司という食文化をとらえた経験があったからかもしれない。一言でいうのは簡単だが、この塩梅が実はとても難しく、私はこの夜、ふたりの技量に感服したのである。

下條さんの白エビ。
下條さんのアジの押しずし
下條さんの氷見マグロの漬け。

 寿司を堪能したあとは、氷見温泉郷「うみあかり」へ。温泉につかり、この日の美味を思い返した。

ホテル「うみあかり」からの日の出。

 当初は一回のレポートで2日間を終えようと思っていたが、まだまだ記したいことはあるので、次回に続けることとする。
 まだまだ続く、富山寿司の旅。

★成希

 ★GEJO



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