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似顔絵

クラスで一番、絵の上手な女子が、B5サイズの紙片に×造(ちょめぞう)の似顔絵を書いた。5年生の絵としては上出来で、クラスの誰もが声を上げて褒めた。
似顔絵のモデルとなった×造は、小柄で細身で色白で、典型的な「みそっかす」タイプだった。
放課後、クラスの乱暴な男子たちが似顔絵を取り上げて、ヒゲや鼻水の落書きをした。
「やめなさいよ!」勇敢な女子の数名が、乱暴な男子たちを非難したが、かえって落書きはエスカレートし、似顔絵はウンコやチンコを書かれて、さんざん踏みつけられた。
似顔絵を書いた女子は泣き出してしまったが、×造は乱暴な男子たちに気を使って、困ったように微笑んでいた。
調子に乗った男子の一人が、教室の後ろの掲示板に、似顔絵を画鋲で留めた。
「タタリ、タタリ」そう言って、同じ男子が、掲げた似顔絵の額の真ん中に画鋲を刺した。「ココ痛くねェ?」
乱暴な男子たちは、一斉に×造の額を注視した。×造は、自分の額の真ん中を指で押さえながらポツリと言った。「ちくっとした」
乱暴な男子たちは手を叩いて喜び、×造は相変わらず困ったように微笑んだ。
「ここは?ここは?」鼻の頭や目玉に、いくつもの画鋲が刺され、そのたびに×造は「イテテ」と該当部分を押さえて、乱暴な男子たちに追従しながら、『「一緒に遊んでいる」ように見える自分』をイメージしていた。

大騒ぎが済んで、乱暴な男子たちに囲まれて教室を出る時、×造は一瞬、女子の方を見た。手で顔を覆っている似顔絵を書いた女子と、乱暴な男子たちを非難した勇敢な女子の姿があった。×造は、戻って女子に謝りたい衝動を抑え、あえて普段行動を共にしない乱暴な男子たちと一緒に帰った。

自宅の入口に着いて、×造は鍵を出そうとランドセルを開けた。中には先の似顔絵が、無残な姿で突っ込まれていた。
「見られてはいけない」×造は、まだ両親が帰宅していない家に、息を殺して入った。
×造は、自分の机に座って、ランドセルを膝に抱えたまま、再度無残な似顔絵を取り出した。落書き、上履きの跡、画鋲の穴、ひとつひとつを目でなぞった。
似顔絵を内側に折りたたみながら×造は、放課後の出来事を思い返した。顔を覆って泣く女子、勇敢な女子、調子に乗った男子、乱暴な男子たちの喝采。×造は、耳が熱くなり、瞼が腫れるのを感じた。「くやしいなあ!」
×造は、小さく折りたたんでいた似顔絵を四つ折まで戻し、汚れの少ない面に誰かの顔を描いた。
つり上がった眉の線と歯を出して笑う口が特徴的だが、あとは目と鼻と耳が大雑把に配置された、鉛筆の線だけの拙い図。
しばらく見つめてから×造は、縦線を力強く引いて両耳を顔から切断し、口の中に黒々としたウンコを書き、鼻水を塗りつぶして鼻血にした。次いで、目に鉛筆を突き立てて芯をグリグリ押し入れた。両目に穴が開くと、額の真ん中にもグリグリと穴を開けた。
…ココ痛くねェ?
嫌な声を思い出した×造は、左手で紙片を高く掲げ、鉛筆を五寸釘のように持ち替え、顔の中心目がけて何度も何度も刺した。
すぐにその反復速度は最大に達し、遂に鉛筆は、×造の親指に命中した。ボロボロになった紙片と芯の折れた鉛筆は、ゆっくりと×造の膝に落ちた。
×造は、親指の背に突き立った芯の激痛を、女子の気持ちを蔑ろにした罰と捉え、そのまま黙って我慢していた。

2007年9月 文章学校 『火星パンダちとく文学』所収

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