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春 ~ 在りし日の詩人に捧ぐパロディ

我が家のお馴染み、国営昭和記念公園。周囲に花見客のいない広々とした場所を選んだはずなのに、昼前にはどこを向いても敷物の花見客ばかり。
3歳の娘は、周囲の人々が気になって気が散って、ほとんど食べない。特に俺の後方、二家族合同花見の子供達が気になるらしかった。
「ねーあたちもあれやりたい」とグズるので、後方を見遣ると、女の子が4人で縄跳びをしていた。妻と俺が交互に「縄がないでしょ」「小学生になったらな」「ご飯食べてから」「いーれーてって言ってこいよ」と、娘にとっての意地悪を言ったせいで、娘は「やる!やるう!」とギャア泣き、妻が「そんなんだったらもう帰るよ!」と言えば「やだ!やだあ!」と大暴れ、弁当ひっくり返しながら、俺が力で捻じ伏せた。フテ寝した娘を扱いかねた俺達は、広げてしまった弁当を黙々と口に運んでいた。
縄跳び家族の反対側には、現場シートを広げた酒臭い宴席組がいて、娘以上に騒ぎ始めた。右の方の家族は早々に引き揚げる様子、敷物をバンバンやるから、桜の花びらが芝生カスや砂埃を伴って、こちらに降りかかった。近くには入れ替わろうという老夫婦が、帰る家族の後始末を待っていた。食ったせいか、苛立つほど暑く、上着を脱いで空を見上げた。風に乗った花びら、シャボン玉、ブーメラン。休日の観光地、レジャー施設、縁日や花見の人ごみが分かっていながらも、家族の要求を無視できない優男。背中にゴムボールが当たった。勝手にしろ。今度は子供が当たった。知るか。娘は暑くて眠れないらしく、覚えたての言葉で妻に悪態をついていた。宴席組の連中と、左手のオバサマ達のお喋りで、妻と娘の会話に対する興味は失せた。勝手な連中が、国営公園で、勝手なことばかりやっている。いいさ、俺だって勝手なことばかりしていたから。
妻はその昔、俺の下宿先に勝手に上がりこんだ押しかけ女房だ。娘、娘は勝手に生まれたわけじゃない。作ろうと思って作った。大学だって、先生になろうと思って進学した。文学部国文専攻、ベタだったかな。好きこそものの上手なれ、下手の横好き、勝手にしろ。俺は古い記憶から、ある和歌を思い出した。
 ぬれまいと思うや花のいぢらしき したたる露のよひの春雨
意味という病、と言ったのは誰だっけ?和歌に意味を見い出すべからず、ただ解釈せよ。とてもエロい、春はそもそもエロい季節なのであります。
娘がオシリを見せながら、振り向きざまに訊いた。「お歌の意味はなあに」娘の向こうで、妻がヒクヒク泣いている。俺は身構えた。「春の歌だよ」泣いている妻に、代わる代わる見知らぬ男が何か耳打ちしていた。娘は変わらぬ姿勢で更に訊いた。「春?春はなあに」妻を取り囲む人だかりが、俺の背後の人だかりと、オシリ丸出しの娘を真ん中に、機動隊とデモ隊のように対峙した。
「逃げろ!」言葉にならなかった。娘は繰り返した。「春?春はなあに」それどころじゃないが、大声で怒鳴ってやった。
「お前にもやがて春が来る、思春期だ、思春期って言う春だよ!」
娘は「わあっ」と尻もち、号泣。「ビックリさせないで!食べてるのに!」妻に怒られる始末。近くの老夫婦が、口を開けて俺を注視していた。
噫(ああ)、寝ぼけてゐた、私は寝ぼけてゐた!

2006/4 文章学校 『火星パンダちとく文学』所収

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