繰り返す日々が織りなす切なさと希望:「忘れえぬ魔女の物語」1・2巻感想

全世界70億の百合作品ファンのみなさま〜。どうも、輿水畏子(こしみず かしこ)です。この記事は「忘れえぬ魔女の物語」のネタバレを少し含む感想記事です。

皆さんは記憶力に自信がありますか?
私は自信ありません。一度読んだ本の内容もまあ結構な勢いで忘れます。そのおかげでこの前「安達としまむら」を最初から一気読みで楽しみ直すという良い思いもできたのですが、物忘れがひどいことで損したことの方が圧倒的に多いでしょう。一度楽しんだ本の内容だって、きちんと心の中にしまっておきたいものです。

一度見たものを忘れずに済むとしたら、どんなに良い思いができるでしょうか。誰しも一度は絶対記憶能力に憧れたことがあるでしょう。ですがもし、「自分以外の誰も知らない、無かったことになった世界のことまで全て記憶してしまう」としたら、果たしてその生に希望はあるでしょうか。宇佐楢春先生の「忘れえぬ魔女の物語」は、そんな厳しい世界で生きていく魔女を主人公としたお話です。

今回の記事では、「忘れえぬ魔女の物語」の感想として、個人的によかったポイントと、私がこの作品のどこに気が狂ってるのかの話をしたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

「忘れえぬ魔女の物語」とは?

まずは「忘れえぬ魔女の物語」のあらすじを確認しましょう。

今日がなかったことになっても、この気持ちまでは消えない。

なんでもない日常で、ちょっぴり変わった毎日で。
彼女とわたしの、不器用な想いにまつわるすこしフシギな物語。

今年進学した高校の入学式が三回あったことを、選ばれなかった一日があることをわたしだけが憶えている。そんな壊れたレコードみたいに『今日』を繰り返す世界で……。
「相沢綾香さんっていうんだ。私、稲葉未散。よろしくね」
そう言って彼女は次の日も友達でいてくれた。生まれて初めての関係と、少しづつ縮まっていく距離に戸惑いつつも、静かに変化していく気持ち……。
「ねえ、今どんな気持ち?」
「ドキドキしてる」
抑えきれない感情に気づいてしまった頃、とある出来事が起きて――。
恋も友情も知らなかった、そんなわたしと彼女の不器用な想いにまつわる、すこしフシギな物語。

このお話は設定が結構難しく、そして私が知る中では独特なお話で、設定だけでも面白いな……と唸らされるところがありました。
基本的に物語は主人公の相沢綾香の視点で語られます。あらすじの通り、綾香は普通の人とは違う部分を二つ持っています。
一つは、綾香が絶対記憶能力を持ち、一度見た景色を全て完璧に記憶できること。
もう一つは、綾香がこの世界で唯一、「同じ一日が5回前後繰り返され、繰り返しの中の一日だけが世界に『採用』されて正しい歴史となり、他の繰り返しは無かったことになる」という世界の仕組みを認識していることです。

例えば、我々にとって一月一日という日は年に一度しか訪れません。しかし、綾香は一月一日A〜一月一日Eという、5パターンの一月一日を体験しています。A〜Eのうち一日だけが、正しい一月一日として採用され我々の記憶に残り、残りの四日は無かったことになる。そんな世界を、綾香は全てを記憶しながら生き続けています。

これは常人に比べて、一日を5倍前後多く過ごすということになります。綾香は物語がはじまった時点で女子高生ですが、そのせいで本人の自認する精神年齢は75歳ほどであり、いろいろな部分で達観した様子を見せます(と言ってもいうほど達観できてないところがこの主人公の可愛さなのですが)。

また、綾香は今まで友人を作っても、「仲良くなったパターンが採用されなかった」場合、次の日から他人行儀になってしまう虚しさに疲れ、友人を作ることを諦めていました。そんな中、今作のヒロイン稲葉未散は綾香の壁を乗り越え、綾香との距離を縮めていきます。本作は、そんな綾香と未散の恋と、二人を巻き込んで起こる世界の問題のお話になっています。

繰り返す世界を追体験する切なさ

本作について、私が一番面白いなと思ったのがこの「世界が繰り返していて、そのうちの一日だけが採用される」という設定です。ループものというのはSFの中でもお約束かなとは思いますが、「世界が少しのループと取捨選択を繰り返して少しずつ進んでいる」という形式は見たことないもので新鮮でした。

また、物語が世界のループを体験している綾香の視点で進む関係上、読者も「世界や自分の行動が選ばれずに無かったことになる感覚」を追体験することができるんですよね。作品を読みながら、綾香の思いに感情移入したり、綾香の行動が導いた結果の良さに喜んでも、「そのパターンが採用されずに無かったことになってしまうかもしれない」と思うと切なさや緊張を抱きながら読み進めることになります。逆によくないことが起きれば「この世界は選ばれないでほしい〜〜」と願いながらページをめくったり。そんな形で繰り返す世界を綾香とともに認識して楽しむことができるのは非常に面白い読書体験だったと思います。

前述の通り、このお話は綾香と未散の恋の話です。綾香がこの想いは恋だって実感してるので間違いはないのですが、恋の話とこの世界の在り方が重なると、本当に切なくなるんですよね。綾香と未散が仲良くなって、二人の距離感が縮むイベントが起きたり、ついにはキスにまで辿り着くのですが、そんな輝かしい世界も採用されなかったりします。その時の切なさといったらひとしおですよ!!本当に読んでる途中に二人がいちゃつくたびに「嬉しいけど辛いよ〜〜〜」と身が裂かれる気分でした。

それでも想い合う綾香と未散という希望

それでも「忘れえぬ魔女の物語」には、切なさを乗り越えていく希望があります。それは「何度世界を繰り返して、どんな世界が採用されずとも、綾香と未散は確かにお互いを想いあっていて、先に進んでいくんだ」という希望です。

確かに綾香と未散のキスは一度、作中では採用されず無かった世界へと移り変わりました。それでも二人がお互いに恋しているという事実は変わりませんでしたし、綾香は未散のために何度も何度も世界を繰り返して未散がいる方へ進んでいきます。何度世界が無かったことになろうと、二人の想い合う心は消えるわけじゃない。そうわかっているからこそ、私も二人のいく末を見守りたくて追い続けられるんです。その結果、1巻のラストでは「世界に採用されたキス」を見届けることが出来ました。もうこのシーンだけで完璧な救いでしたね……

というかそもそも本作はループの入れ子構造になっていて、未散もタイムリープ能力を持ち、未来の綾香のために過去に戻ってきているのですが、そんな未来の未散が綾香にいきなりキスしながら「私の知ってる綾香なら『いきなりは好みじゃないわ』って拗ねるかな」って言い放ってるんですよね。つまり未来の綾香と未散はキスの好みや反応が理解できるくらい合意のもとでキスしてる!!!!この将来が先に待ってるんだと思うと二人の行先が楽しみでなりませんね!!!

また、より良い未来のために未散のタイムリープ能力を使用し、綾香と未散が過去に戻るシーンが2巻にあるのですが、その際綾香はとても幸せだった「未散の家でのお泊まり会」が、時間が戻ったことにより無かったことへ変わってしまいます。タイムリープ後も記憶を保持しておける綾香と違い、未散は記憶が薄れてしまうため、タイムリープの決断は世界に採用されたはずの歴史を消してしまう辛いものでした。それでもより良い世界のためにタイムリープを選んだ綾香の決意は切なくとも応援したくなるものでした。その上で最後にご褒美として新しいお泊まり会の計画が出来上がったのは最高ですね。次の巻はお泊まり会から始まると思うので楽しみすぎます。

とはいえ綾香と未散はもっとキスすべきだと思う

と、二人の未来が安泰だとわかったとはいえ一安心とはいきません。とりあえず綾香と未散はもっとキスしてくれ。二人のキスは1巻では採用されなかったキスが2回、ラストシーンの採用されたキスが1回。2巻ではキス未遂が一度あったのみです。

これじゃあ物足りないですよね!!綾香と未散はもっとキスすべきだと思うの。そうTwitterで呟いたら作者の宇佐楢春先生も「私もそう思います」とおっしゃっていました。宇佐先生がこうおっしゃるなら間違いはないんです!!綾香と未散はもっといちゃつきなさい!!!世界が5回もループしてそのうち1回しか選ばれないんだとしたら、5回中5回毎日キスすれば良いんだよ!!10回ループなら10回だ!!!!!そのくらい二人がイチャイチャしてたとしても全然問題ないどころかむしろ世界はより良くなっていきます。やっぱり綾香は毎日キスするくらいの勢いで生きていってほしい。今後の綾香の積極性に期待です。

とはいえキス以外にも二人の甘酸っぱいいちゃつきはたくさんあって見ててとても救われます。2巻では一時的に物語の視点が深安さんという、綾香と未散のクラスメイトで「人の心を読める」能力を手に入れてしまった少女に移るパートがあるのですが、彼女の視点から見た綾香と未散のいちゃつきっぷり、二人の世界具合は改めて客観視するとにやつきが止まらなくなります。二人がお互いの心の中でお互いをどう思ってるのかを読むシーンは「早く幸せになれ〜〜〜〜〜〜〜〜」と唸ること請け合いのいじらしさでした。特に普段は語り部にもならず、覗くことが出来なかった未散の綾香への想いは読んでて本当によかったです。お泊まりの時に隣に綾香がいたせいで一晩眠れなかった未散の内心、あまりも良すぎる。そしてキス未遂の時の二人の心は必見です。

まとめると、綾香と未散のキスにめちゃくちゃこだわりのある人になってしまい、まあ実際これからも二人のそういういちゃつきをめちゃくちゃ期待してるのですが、それだけでなく綾香が未散と触れ合って変わっていく様子にも目が離せなくなる作品です。未散と親密になり、世界に浸透する「呪い」と戦う中で、綾香は孤高の「魔女」であることをやめ、未散以外の人とも、人としての付き合いを始めていこうとします。そんな綾香の成長を応援したり、途中でキレて攻撃性を隠すことをやめた綾香の容赦なさにちょっと引いたりと、1・2巻を通して綾香の変化に目が離せなくなる作品でした。これからも綾香と未散のイチャイチャと、綾香の成長を楽しみにしています。

余談:身長設定も最高に良く出来てる

これは完全に余談ですが、「忘れえぬ魔女の物語」は身長設定も細くなされており、これがまたいい味を出しています。何かとふんわりした雰囲気のある未散の方が158cmで、綾香の152cmよりも6cm背が高いんですよね。つまり二人がキスするときは、綾香が背伸びするか未散が少し屈むわけですよ!!!最高じゃないですかこの距離感。宇佐先生の神設定に感謝ですね。

ちなみに「忘れえぬ魔女の物語」にはもう一人主要メンバーが登場します。それは綾香の従姉、水瀬優花さんです。23歳自由業、綾香の元に気まぐれで数日毎に顔を出して絡みにくる優花さんは綾香の「繰り返す世界」の話を受け入れていた唯一の人物であり、親から勘当に近い扱いを受けている綾香を支える唯一の親族でもあり、そして5年前小学生だった頃の綾香を本気で好きになり、今でもふざけた態度をとりながらも綾香のことがマジで好きな飄々とした自由人です。

……はい、私が前々から好きだと話してる、百合の負けヒロインポジションが、優花さんです。もう優花さんの存在だけでも結構ガンガン私の内蔵に効いてくるのですが……そんな優花さんの身長は170cmです。

うわあああああああああああああ170cm高身長スタイル良しで自由業で飄々とした笑顔の裏でめちゃくちゃ一途で真剣に主人公のことが好きな第三のヒロイン!!!!!!!!気が狂う!!!!!!!!

宇佐先生は天才です。それでは。

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