稲妻追憶
一日中事務所にいた。上役が休暇やら出張やらでこぞっておらず、回る仕事も回らないからとにかく作業が捗らない。
午前中から久々にぐずついた天気で陽は遮られたが、気温も湿度も高いしであまり気分がいいものではなかった。天気予報はロクに見ちゃいないがどうせ一降りくらいするだろうと思ったら、中々にビビッドな稲妻が走ったから驚いた。絵に描かれたような、分かりやすくジグザグに棘を持った稲光だった。
僕は会議室で別にいてもいなくても特に変わらないようなミーティングに参加しながらそれを眺めていたが、ライトニン・ホプキンスのアルバムにこんな感じの雷が描かれていたなと、どこかから記憶が引っ張り出された。
Pの付くレコード会社が数年前にリイシューしており、僕も前職の印刷屋で少しばかり関わっていた。
とりあえずデータは今日入稿するから、なるべくこれの色味に近付けてくれと、A&Rからボロボロの原盤を渡された。経年劣化は激しかったが色焼けはそれほど酷くなっておらず、稲光のイエローもしっかり乗っていた。
紛失されたら会社が傾くくらいの値付けだから、ちゃんと両手に抱えて持って帰れ。そう言われて、保護用の段ボールでくるんだそれを馬鹿正直に両手でひしと持ち、乗った銀座線の中で
「俺がこれを車内に忘れたらあの会社は潰れる」
「そうなると俺も洩れなく首が飛ぶ」
「首が飛ぶどころか天文学的な借金を抱えてマグロ漁船行きかもしれん」
飛躍にも程がある心配事を延々と反芻していた記憶が蘇る。
結果的にライトニン・ホプキンスのリイシュー盤は試行錯誤しながらも無事発売に間に合って、都内中のレコード屋にそれが並んだ時は、本当に少しだけ誇らしい気分だった。今思えばまったく悪い仕事ではなかった。ただただ仕事量が多過ぎることと、給料が安過ぎることが本当に全てだった。
ミーティングが終わって自席についたら、前職のことを思い出したせいで現職の仕事を完全に忘れた。仕方なく給湯室に水を汲みに行ったり要らない書類をシュレッダーにかけていたりしたら定時の鐘が鳴ったから、今日はもうそういう日でしたということで大人しく帰っている。
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