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初手

柏涎とPNを付けた。かしわよだれと読む。
柏も涎も一文字で三音読ませるから、目に入るのは二文字の癖に声に出せば六音も発声する必要がある。このタイパが何よりの時代に随分と時間泥棒なPNである。
「柏」は、僕が今住んでいる町からそのまま取ってきた。「涎」は、今朝目を覚ましたら自分の涎のせいで、青い枕カバーの端の方が白く濁っていたことから思い付いた。深い意味付けなんてどこにも無い。むしろカッコ付けてやたら凝った意味付けなんてしない方が後々気楽でいい。「そんなとこだけ無駄に拘っちゃって」なんて思われたら最悪だ。だったら最初からしょうもない名前に自分をはめておけば、まだ言い訳ができる。
「まあ、自分の涎の痕を見てPNを思い付いた人間風情なんで……」
ここまで書いておいて、我ながら本当にいやしい人間で悲しくなってくる。

仕事の合間に寝に帰る程度の生活を送っていても自然と部屋は汚くなってくる。物が散らかるのもそうだし、普通そんなところに辿り着けねえだろというところに謎の毛が落ちている。
僕達当たり前のように頭に腕に脚にナニに毛を生やしている癖に、どうして身体から離れて地面に落ちただけで不潔なものだと本能的に認定してしまうのだろうか。多分不潔度で言えば今触っているスマホだってどっこいなはずだが、スマホを掃除機で吸い取るようなことはしないもんな。

一念発起して、土曜日をフルで使って家中を掃除した。
それほど広くない1LDKでも、一度汚れを汚れとして気になってしまったら止め処ない。角の埃、洗面所の鏡の水垢、クッションフロアの謎の染み、掃除はといふは妥協する事と見つけたり。
下手に躍起になっていると、そのうち対象不明な不信感に襲われる。掃いても拭いても掃除が終わらん。それに仮に塵一つ残らない程完璧に仕上げたとしても、どうせ一週間もすりゃ元通りになる。もう身体中の毛と言う毛を全部永久脱毛して、嘘喰いの滑骨みたいになるしかない。
とりあえず最低限住んでもいいだろうというレベルで切り上げて、今日一日恐る恐る生活してみた。が、ほら、僕の足元のカーペットに毛が絡まっているだろう。やっぱりもう狂気ツルツルチキンボーン人間計画を始めるしかないんだな。近々僕と会う予定がある人間は、どうか驚かないでくれよ。


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