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第17回「ゆたか」消えゆく大宮屋台、最後の一軒|パリッコ

 前回、入間市で出会ったラーメン屋台について書いた。その流れで、今回はもう1軒、天国屋台を紹介させてもらおうと思う。

 埼玉県さいたま市にある大宮という街は、自分がもっともよく利用するターミナル駅である池袋からのアクセスが良く、それでいてちょっとだけ遠くへ旅行にきたような地方都市感も感じられ、昔から好きな街だった。

 大宮で飲むといえば、なんといっても東口駅前に本店と2号店の並ぶ老舗「いづみや」。大衆食堂と酒場を兼ね備えたような渋い店で、営業は朝10時から。ずらりと並ぶ長テーブルに、まだ明るいうちからぎっしりとひしめく酒飲みたち。その誰もが、それぞれの時間を嚙みしめるように飲んでいる様は、大衆酒場の魅力をそのまま具現化したようなすごみがある。

 そんな大宮の、しかもいづみやからもすぐの場所に、こんな奇跡のような店があったことをつい最近まで知らなかったのだから、僕もつくづく、視野の狭い酒飲みだなぁと思う。

 大宮駅東口を出たら、正面のいづみや側には渡らず右方向に線路沿いを進む。するとほんの2~3分で、我が目を疑うような風景と遭遇することになる。

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◆本当に令和の光景?

 おでん屋台「ゆたか」。その並びには、もう閉店してしまった屋台の名残りが2軒。かつてこの場所には、他にもずらりと屋台が並んでいたのだという。

 ビニールシートをめくると中には、完全に外界と遮断され、時代の感覚が一気に麻痺してしまう空間が広がっている。

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◆すべて女将さんの手の届く範囲に収まる厨房

 横一列のカウンターはたった5席。身を縮こめるように座ると、もはやそこから動きたくなくなってしまうようなジャストフィット感が楽しい。グツグツと湯気をあげるおでん鍋から漂うダシの香りに誘惑されつつ、まずは酒だ。

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◆メニューは……あそこか

 見上げるとそこに、この上なくシンプルなメニュー。そう、こういう店に似合うのは、この必要最低限のメニューだ。「個人経営の酒場に入るのがこわい」と考える人にとって、その最大の原因のひとつが、こういう値段すらもわからないメニュー表にあると最近気がついた。もちろん、自分ももっと若いときはそうだった。しかし、無駄に経験だけは重ねてきたからわかる。街に根ざして長く続いてきた大衆酒場で目ん玉が飛び出るほどの金額を請求されるということはない。メニューを見て、今、飲みたいものを頼めばいいのだ。そういう意味で、このシンプルさはむしろ親切。

「女将さん、レモンハイお願いします」

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◆レモンハイとお通しの「炒り豆腐」的な小皿

 手作りのお通しがしみじみうまい。これをつまみにレモンハイで喉を潤したら、さぁおでんだ! 先に断っておくが、僕はおでんに関してはとことんセンスがない。「大根、玉子、それからえーと……昆布ね」なんていう、おでん上級者的な頼みかたがどうしてもできない。いや、やろうと思えばできるんだけど、己の欲望に忠実におでんだねをチョイスすると、どうもちぐはぐかつ子供っぽくなってしまう。言い訳はこのくらいでいいか……。

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◆おでん鍋から最短距離で到着

 頼んだのは「はんぺん」「ソーセージ」「車麩」。まずソーセージが子供っぽいし、はんぺんとお麩が若干かぶっている。そもそも普段、はんぺんは自分の中であまり優先順位が高くないんだけど、ゆたかのはんぺんのあまりのオーラにどうしても頼みたくなってしまった。しかしこれが大正解。巨大なので遠慮なくがぶりといくと、じゅわっと優しいダシの染みたふわとろの身が、口の中で溶けてゆく。あぁ、至福。もちろんソーセージも車麩も最高にうまい。

 おでんの他にも、目の前のカウンターには、塩辛とか、明太子とか、素材のままの野菜や貝とかがあれこれ並んでいる。指差して「これをください」と言えば、女将さんが調理するなりして出してくれるのだろう。

 その中のひとつに「イナゴの佃煮」があった。僕は、本当は「酒場ライター」なんて肩書きを名乗る資格がないといえるほど、珍味や未知の食材がおそろしい。「イナゴ」なんてそれの最たるものだ。一生食べることはない。そう思っていた。が、この日は実は、この連載の担当編集者であるM氏と、知人編集者Y氏が同行してくれていた。そのふたりが「お、イナゴがあるじゃないですか」「うまいですよね~」なんて言いながら、僕になんの断りもなく(いや、いいんだけど)イナゴを注文。心底うまそうに食べている。僕はそれを「うわ、信じらんない……」と眺めていたんだけど、不思議とだんだんうまそうに見えてくる。

「どんな味なんすか……?」

「いや、ただのエビですよエビ」

 そういうもん?……か。 完全に屋台マジックもあったのだろう。僕はイナゴの佃煮をひとつ箸でつまみ、ポイと口へ入れた。サクッと軽い食感ののち、確かに甲殻類っぽい旨味と甘辛い味。うま! と、思わずもうひとつ。

 大宮の屋台でイナゴを克服する日がやってくるとは、つくづく人生ってわからないものだな。

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◆店の雰囲気になじみすぎている担当編集者M氏

 大型のターミナル駅である大宮。そこからすぐの場所にある屋台の背後には無数の線路が並び、常に列車が行き来している。そのたび店は、ガタンガタンと走る電車に共鳴して揺れる。ここまでくると、昭和の日本映画を通り越して、ドリフのコントの世界だよ。なんと楽しく幸せな酒だろう。

 女将さんはこの小さな店を、40年以上も守り続けてきたそうだ。が、残念ながらそんなゆたかも、年内で店を閉じることが決まっているらしい。

 永久に残ってほしい場所だと望めど、僕に何かできることなんてない。またひとつ、奇跡ともいえる天国酒場がなくなってしまうのかと、こんどは無性に寂しくなりつつ、ただただ、貴重な時間を堪能させてもらった。


ゆたか
住所:埼玉県大宮市JR線路沿い

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