見出し画像

SNS警察|常識のない喫茶店|僕のマリ

本連載の書籍化が決定しました(2021年8月4日付記)

 我が店にはSNS警察がいる。店名で検索をして、何が書かれているのか、どんな写真が掲載されているのかチェックする警察である。インスタグラム、ツイッター、ついでにグーグルのクチコミ。時間外業務であるが、きちんと仕事に勤しんでいる。わたしの担当はもっぱらツイッターである。店名だけでなく、店名+地名、地名+喫茶などと、あの手この手で調べ尽くす。大抵は「念願の〇〇行ってきた」「〇〇最高!」などと微笑ましい投稿ばかりなのだが、中には「なんでそんなことわざわざ全世界に向けて書くんだよ」という内容のものもある。そういう人は他の投稿でも講釈垂れているので、まあ勝手に言ってなさいとやり過ごす。

 わたしには喫茶店で勤務している友人が何人かいるのだが、「店のエゴサは毎日する」「たまになんやねんこいつって客おるわ」と皆口を揃えて言っている。他の店にもちゃんとSNS警察はいるらしい。やっぱり気になるよね!と盛り上がったが、つまりそのくらい、SNS社会になったということでもある。ちょっと有名な人が宣伝すれば簡単にバズる(爆発的に広まる)し、バズれば客の入りもよくなる。お会計のときに「〇〇さんがここに来たってインスタに書いてあったので来ました」と言ってくるお客さんもいるくらいだ。「なんか最近混む」と思っていたら、たいがい芸能人が来ていたとか、ツイッターでバズってるとか、SNS絡みの事例がほとんどだ。ありがたいケースも多いが、SNSの投稿で嫌な気持ちになることもあるのが悩みの種だ。

 客層的に、インスタグラムを利用しているような若い世代の人が多い。「インスタ映え」という言葉があるように、インスタに投稿して「映える」写真を撮ることに余念が無い人はいる。「喫茶店に来る」ということはささやかなようでいて大切な思い出になるし、食事や人物を写真に収めるところを見るのは微笑ましいのだが、その反面で勘弁してほしいと思うことも多い。

 「お待たせ致しました~」と両手に料理を持って行っても、素知らぬ顔で撮影、編集を続けている人よ。「あなたたちがお冷ややおしぼりをどけてくれないと皿を置けないのですが」という言葉が喉のところまできている。きているが、そもそも言うまでも無いことなので黙ってそのまま待つ。思いやりのあるお客さんは、すぐにテーブルの上に皿が載るスペースをサササっと用意してくれる。しかし、自分のことだけしか考えていない人たちはスマホを見ながら一番よく写っている写真を選んでいたり投稿していたりして、「インスタ蠅」という蔑称が生まれたのも頷ける。インスタには「ストーリー」という、通常の投稿とは別に、より日常的な投稿を行える機能がある。写真や動画、ライブ配信なども出来るのが特徴だが、誰の許可も取らずに店内をぐるっと一周動画に撮って、ストーリーに投稿している人のことは許しがたい。

 撮っている本人としては何の悪気もないというのが難点だが、世界中に発信していることを考えるともう少し想像力を持って欲しいと思う。店員も風景の一部と思っているのか、普通に動画に撮られて投稿されていたり、写真を載せられてインターネットの海を揺蕩っていることがある。後日エゴサーチして、それを見つけた店員側には怒りしか湧かない。そもそも撮って良いと言っていないし、載せて良いとも言っていない。せめて鍵付きのアカウントで投稿すべきではないか。配慮の出来る人は他のお客さんや店員の顔にモザイク加工をしてくれているというのにあなたたちは一体なんなんですか。抗議の声が止まらない。

 同僚に至っては、ツイッターに自分の顔が丸わかりの写真を載せられたのが嫌すぎて、捨てアカを作ってメッセージを送り、消してもらうように頼んでいた。捨てアカまで作っていることに笑いを禁じ得なかったが、ベストな反撃だと思う。相手のツイッターを見せてもらったが、プロフィールのところに「50yearsold.」と書かれていたのが衝撃的だった。若い子かと思っていたらいい大人だったのだ。その投稿にはそこそこの「いいね」がついていたからか、相手は消すのをためらっているようで、(出た出た承認欲求おばけ!)と思った。同僚は「なんで五十過ぎのおっさんに捨てアカ作ってまで注意しなきゃいけないわけ?」とキレていた。誠に正論だと思う。SNSは配慮を持って使いましょう。

 基本的にはエゴサして見つける側なのだが、お客さんのほうから申告してきたレアなケースもあった。2年ほど前だろうか、最近よく来るなあと思っていた中年の男性客にコーヒーを出すと、「あ、あのお……」とモジモジしている。おもむろにスマホを取り出したので、身構えていたらツイッターの画面を見せてきた。「最近このお店を見つけて、素敵だなあと思ったのでツイッターに投稿したんですよ」と上ずった声で言う男性。その投稿は、当店の魅力を伝える140文字ギチギチの説明文と、4枚のフォトジェニックな写真。むろん、人の顔は写していない完璧っぷり。店の外観まできちんと撮ってくれていた。(え、それだけ?)と内心思ったものの、「ありがとうございます、素敵に宣伝してくださって」とお礼を言った。すると、彼は肩を落としながら、なんかぼそぼそ呟いている。「……です」「え?」「9いいね、だったんです」虚ろな目だった。「もっといいねがつくと思ってました」と独白する中年男性を前に、なんと声をかけたらよいかわからない。しかしこちらだってSNSには慣れっこだ。平成生まれのインターネット育ちを舐めないでほしい。「フォロワーが、そんなに多くないんですかね?」とやんわり言ってみる。しかし、ホーム画面を見ると600人近くいた。結構いるなと思った。「タイミングとか、色々あったんだと思います」「……」「いいねだけがすべてじゃないですよ」「……そうですかね」何の励ましだよと思いながら「写真も上手ですよ」と褒めると、少しだけ生気を取り戻していた。

 彼が帰った後、同僚二人に事の顛末を話す。うちの店の投稿以外にも目を通すと、ほとんどが保護猫についての投稿で、絵文字てんこ盛りのほっこりツイートをしている、ただのいい人だった。みんな尚更不憫に思ったので、「うちら3人の鍵アカでいいねして、どうにか12いいねにしてあげよう」と発案したが、結局全員忘れてしまったままである。しかし、彼はめげずにうちの店を宣伝してくれているので、まじでただのいい人だと思う。あだ名が「9いいね」になったことは言うまでもない。

 わたしはというと、本当にお気に入りの喫茶店はあまり人に教えたくない。ただ、その店で過ごした余韻を味わうべく、備忘録として写真だけ載せることはあるが。SNSは楽しい。顔も名前も知らない人と、好きなものを分かち合える幸せがある。自分の世界を誰かに見てほしいという欲求は、ごく自然なものだろう。でも、スマホの画面にばかりかじりついていないで、店で過ごす時間そのものを楽しんでほしいというのは、店員のわがままだろうか。ゆっくりおしゃべりを楽しむもよし、読書に耽るのもよし。その傍らで、SNS警察は今日も元気にパトロールして、鍵アカウントでいいねをつけます。

僕のマリ(ぼくのまり)
1992年福岡県生まれ。物書き。2018年活動開始。同年、短編集『いかれた慕情』を発表。ほか、単著に『ばかげた夢』と『まばゆい』がある。インディーズ雑誌『つくづく』や同人誌『でも、こぼれた』にも参加。同人誌即売会で作品を発表する傍ら、文芸誌や商業誌への寄稿なども行う。2019年11月現在、『Quick Japan』でbookレビューを担当中。最近はネットプリントでもエッセイを発表している。
Twitter: @bokunotenshi_
はてなブログ: うわごと
連載『常識のない喫茶店』について
ここは天国?はたまた地獄?この連載では僕のマリさんが働く「常識のない喫茶店」での日常を毎月更新でお届けしていきます。マガジンにもまとめていきますので、ぜひぜひ、のぞいてみてください。なお、登場する人物はすべて仮名です。プライバシーに配慮し、エピソードの細部は適宜変更しています。