私たちの歩幅

柏と約束している時間は12時半。
それなのに、10分前になっても私はまだ髪を梳かしていた。遅刻癖は治らない。
忙しなく準備をして、慌てて扉を開ける。
春一番、快晴だ。


30分遅れで到着した私を、柏は全く怒らずに待っていてくれた。
待ち合わせをすると、大抵彼女が先に到着して待っていてくれるが、携帯をいじって暇潰ししている様子はない。
いつもぽやっとどこか遠くを見て、ただ私を待っている。
どんなに人が多くても、彼女だけは宙に浮かんでいるように見えて、すぐに見つけられる。私はそういう、柏の不思議な佇まいが好きだなと会う度に思う。
でも、遅れちゃだめだね、ごめん。

ランチを取ってから美術館に行き、カフェでお茶をする。いつも通りだけど私たちお気に入りの遊び方だ。
素面でもずっとハイになれる、親友っていいものだなあ。楽しくてあっという間に日が暮れる。

来週も会うというのにまだ話していたくて、渋谷まで散歩しようと提案する。疲れているはずなのに、いいよ、と歩く気満々の柏。このフットワークの軽さが頼もしい。

2人で閉館間際のビルに登り、渋谷駅前の道路を見下ろす。
安っぽく光る109の文字、渋谷のど真ん中に立っている高級マンション、仰々しく発光する電子看板、浮いて見えるエレベーター。

私たちはよく、街を俯瞰できる場所へ行く。これは高校生の時からの習慣だ。
夜の街を眺めながら、当たり前だけど道を歩く人にも生活があるんだよなあ、とぼんやり考える。これからも交わることのない人たちに思いを馳せ、私の生活と重ね合わせる。
心が落ち着いていく。

ぽつりぽつりと、就活の思い出話をした。

あの時、私は何がしたいのかよくわからなかった。
ただ、秀でた才能もなく、器量がいいわけでもない自分を社会に差し出したところで、評価なんてしてもらえないとは思っていた。
だから「何かができそうな人」を演じた。

こうしていつの間にか、自分を大袈裟に飾り立てて、ハリボテの自信で囲ってしまった。本来の自分を思いやる隙はなくなり、「何かができそうな人」に期待して、何にも見えなくなっていた。
当時のことを振り返ると、痛々しくて少し恥ずかしくなる。

私はまだ、何をしたいのかわからないままだ。
でも就活の時のような無理はもうしない。
志を高く持ち、自分を奮い立たせて努力することは素晴らしいけれど、生き方はそれだけじゃないな、と最近は思うようになった。

今目の前にある生活を丁寧にこなすこと。
積み重なればそれは自信に変わって、私自身を大切にできるようになるんだと信じたい。

散歩の続きをしよう、と私たちはビルを降りた。
散々歩き回って疲れていたけれど、いつまでも柏と歩いていたかった。
これからも私たちの歩幅で、楽しく、軽やかに。

もち

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