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熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社参拝記(+白浜)

熊野へ行ったので、日記的に書く。とても楽しく快適な旅でした。

写真多めです。

行程

一日目:移動、熊野本宮大社

二日目:熊野速玉大社、神倉神社、熊野那智大社

三日目:白浜

関西から特急くろしお、路線バスを駆使して参拝。電車は一時間に一本のこともある。本来片田舎出身のハズが、大阪に来てからというもの都会の便利さにハマってしまった。ちなみに親には「都会の〜絵の具に〜〜染まらないで帰って。染まらないで帰って〜〜」と言われている。(木綿のハンカチーフ)

話を戻す。電車の時間など必ず事前に調べてから行った方がよい。まあ、運転できるのならレンタカーが便利で安いだろうが、公共交通機関のみでも楽に回れた。ただ、荷物が多い場合はコインロッカー等を探さなくてはならず、行動も制限されそうである。私はリュック一つで身軽に行った。ミニマリスト万歳!

一日目

くろしおに乗って紀伊田辺へ、そこから路線バスで熊野本宮大社まで乗車(2100円/一時間半)。観光案内所の自動発券機でバスチケットを購入したが、複数のバス会社が運行しているようで、乗車しようとした時に違う会社のものを買っていたことに気づく。

マジか。2000円あれば宝塚歌劇団が観れた……。ちゃんと調べときゃ良かった。時間が無くて焦ったのもよくなかった、と走馬灯のように駆け巡る思考。

だが、バスの運転手の好意でその違う会社のチケットを使わせていただけた。きっと前例もあるのだろう。ものは試しに聞いてみるものである。ちなみに数少ない他の乗客たちは、現金で支払っていた。えらい。

ちょうど昼についたのでその辺で食事を取り、大斎原を見学。洪水で流される前に熊野本宮大社があった場所らしい。大きな鳥居と、境内跡地を囲む木々が美しい。(ヘッダー画像)

季節は冬(春)だったため、何も生えていないが儀式用の餅米が植る田んぼが広がる。境内は聖域のため撮影禁止だったのが残念だが、石碑やら、由緒の説明をするキャプションなどもあった。

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隣を流れる河は、土手の工事中だった。かつてはこの河を上り下りして参拝するルートがあったらしい。現代でいう駅近物件的なノリだったのだろうか(いや、もっと過酷だろう)。

河川敷が広く、堤防の工事をしている場所がとても多かったので、雨の時などは増水が凄まじいのだろうか。大斎原にあった図によれば、そこは2本の川に囲まれた場所だったので、水害も納得。

その後、熊野本宮大社の情報が沢山ある観光館的なところへ。パネルで熊野三山の基礎知識等を仕入れる。現在の取組や、歴史的な文書のレプリカ、山伏のマネキンなどもあり、わかりやすい説明。ちなみに近くにコインロッカーもあった。

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観光客は少なかったが、学生グループっぽい人達はいた。少し賑やかな方が、平安時代から続く観光スポット…もとい参拝地なのだから、良かったのに、と少し残念。疫病のせいだろうね。

本殿の中(この門の先)はやはり聖域で撮影は出来なかったが、外は撮っても良いと言われたので撮影。この中には世界遺産の石碑や、歌碑などが置かれていた。熊野懐紙とかがあるくらいだから、石碑はそこらじゅうにあって、ついつい変体仮名を読んでしまった。読めなかった。

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入ってきた方の反対には発心門王子に通じる古道がある。1kmほど分け入ってみた。綺麗に整備されていたものの、夕方も近く案外山道だったので、展望スポットまで行って引き返した。間違っても「熊野で学生が遭難か」とかいうニュースにはなりたくない。ぺたんこシューズ&軽装なので茶の間で「なんでそんな格好で行くんや笑 あほやなぁ」とか言われたら羞恥だ。展望スポットに登る時に急なルートと緩やかなルートがあって、間違えて急勾配を選んだせいで、ずり落ちそうで大変だった。

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引き返して本宮から降り(舗装された道のなんと歩きやすいことか)、休憩していたところに通りかかった観光協会の人が、何故か粗品をくれた。シールとカレンダーである。ありがたい。早速シールをスマホに貼ったら、もう一枚くれた。

帰りがけに平安衣装体験のお店を見つけて、次来たらやろうと思った。

宿についてから、発心門王子に藤原定家の和歌の石碑があると聞いて、定家ファンとしては悔しく思う。バスで発心門王子まで行って本宮まで本格的に古道を歩くコースにすれば良かったと後悔。しかし、次の日に発心門王子まで行くとバスの関係で速玉、那智に行けない。縁がなかったと諦める。いや、そもそも発心門王子から歩くには、私の体力がもたなかっただろうとも思う。

ちなみに定家エピソードで好きなのは、「熊野に参拝できるなんて、前世からの因縁が深く、歓喜!」って感じで日記に書いていたのに、行程が厳しすぎて「むり。マジもう無理。体調悪いし」とかなっていたこと。それでもちゃんと同行して、歌会も出てたらしいのが凄い。

宿の夕ご飯は、客が少ないせいでバイキングがグレードアップし懐石料理だった。今年度食べたものの中で一番美味しい。温泉も硫黄系の匂いで、肌の調子が良い。ただ、湯浴みの服を着ての露天風呂があったが、あれは死ぬほど寒かった。雪山で濡れた服を脱げとかあるが、まさにその気分。八甲田山はこんな気分なのか。タイタニックはこんな気分なのか。ああ、ディカプリオ……(違う)。湯から出ると湯浴み着が肌に張り付いて寒い。夏場なら星も見えそうで、最高なんだろうなぁ。

ちなみに旅館はこちら(みどりや)。

二日目

朝食も客が少なくバイキングができないため、グレードアップしていた。流石に貸切ではなかったが、客は少なく大変だろうなと思った。それでも、旅館の人は観光のアドバイスを沢山くれた。良い人たち。

朝8時半ごろから新宮方面へ向かう路線バスに乗車。1時間程度揺られる。この時もほとんど乗客はいないし、旅館の人にはレンタカーじゃないなんて、と珍しがられた。いや、運転できるけど怖いし。目が悪いので。まだ死にたくない。

新宮のコインロッカーに荷物を入れ、コート一枚、徒歩で観光。荷物を預けたのはなんとなくだったがこれは結局功を成した。(後述)

まず、速玉大社へ徒歩で移動。途中に徐福の墓や、城跡、佐藤春夫記念館もあり、時間があれば見て回ったのだが、バスの時間や夜までに白浜に行く都合上断念。JRが通っているので、いつか青春18きっぷなどで安くで行こうかしら。

速玉大社も人が少なかったが、境内に一人、ということはなかった。鳥居の所には下馬橋があり、ここで馬から降りたらしい。朱塗があたらしかった。たしか、塗り替えのための募金を募っていたなぁ。宝物館が修理中で入れなかったのが残念。

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ついでに神倉神社も参拝。ここが思いのほか凄かったし、きつかった。てか、うん。心折れそうだった。

橋の前にある看板はわりときつめの口調で、足腰の弱い人への注意喚起、怪我等の責任は負わないことを明示している。どんだけ〜と思ったが、それも道理なことはすぐわかった。

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500段以上石段があると聞いていたが、あれは石段ではない。ロッククライミングだ段じゃない。岩。ロック。

石段の下に杖が置いてあるが見栄をはって(人は全然いないのに)使わなかった。多分、あったらそれはそれで邪魔だったと思う。とてつもなく足場が悪い

岩は凸凹しているし、大きさも違う、石段の幅は狭い。荷物がなくて正解。あったらバランスを崩しそう。そして、降りてくる人たち(といっても2、3人)からはこんにちは、とやたら挨拶をされた。暖かい人たちだ、と思いながら、でも息も絶え絶えで半ば虫の息で挨拶を返す。

「あとちょっとだよ」とおじさんに声をかけられ、「ちょっとってなんだよ、私にとっちゃ永遠だ」と思いながら登った。ちなみに、結構な歳っぽかったので、この人よく登ったな、と思っていた。

が、景色は予想以上に良かった。眼下に広がる街並みに、海。そして大きな岩と社。ものすごく美しい。

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下る段になって、皆が挨拶してきた理由がわかった。登り切った達成感と高揚感で、登る人たちと変な一体感が生まれ、そして人もまばらなことがそれに拍車をかけ、励ましとして「こんにちは」が出てくる。私ももれなくその通りで、なんなら「これを登るのか」と絶望するおばさまと、それを心配するおじさまに向かって、「結構急ですよ。でも、一番上、めっちゃ綺麗っすよ」と声をかけるまでしてしまった。ちなみに、もう少しだと声をかけられた場所は、帰路になったらあっという間の場所だった。

ただし、めちゃめちゃ危なく、転びそうにもなった。祭りでここを火を持ってかけ下る行事があるようだが、危ないだろうな。100万くれると言われたってやるかどうか……。水被って火の中に飛び込む祭りとかもどっかで聞いたことあるけど、何で祭りって危ないものが多いのだろうか……。

駅に向かう徒歩の中、振り返ったら結構な山の中にあったことがわかった。

ここまでで午前の部終了。本当は電車に乗りたかったが、1時間も待てず、泣く泣くバスで。車窓の海がきれいと思うと同時に、海が近すぎて台風の時とかが怖い。

那智でも荷物をロッカーに入れてご飯食べようと思っていたが、バスが遅れていたらしい。「那智大社行く人?」と聞かれ「はい」と答えたら、接続先のバスを待たせてくれていたため、乗らざるを得なかった。荷物は諦め、ご飯は那智大社でと思ったら、店がない!!

那智大社の人の少なさは異常だった。本来なら開くはずの店が全て閉まり、土産物屋も壊滅。人もいない。全くいない。人類が急に滅びたんか、っていうレベルでいない。猿の惑星かよ。

食べようと思っていた店は軒並み閉まり、郵便局しかやっていない。ここでご飯は食べられないからなぁ。

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昼食は諦めて、見つけ次第食べることにした。さようなら。昼飯。

まあ、修学旅行生っぽい人にも出会ったのでちょっとは人がいた。うう。あんたたちはうまい昼飯を食ってから来たんだろう? 羨ましいぜ。(僻み)

ここも階段だが、午前中に比べれば楽々である。横で階段にヒイコラ行っている客を尻目に、余裕こいて登っていた。

宝物館も有料で見学。史料がぎっちり詰まっていた。何より、銅鏡の面面が展示されていて、あ、鏡だったんだ、と今更ながら思う。神社なだけあって、奉納されたは多かった。何だったのか忘れたけど、奈良時代から平安ごろの史料も伝わっているようで、すごいなあと思う。それから、定家の熊野参拝記のレプリカもあって、テンションが上がった。定家の字は下手だとか言われがちだけど、実物を見ればわかるが、結構細かい字で、普通に上手いんじゃないかと思う。

宝物館のおばちゃんに撮影スポットを教えてもらっていると、外に虹がかかっていた。

あいにくの小雨だったのだが、本当にきれいな虹だった。すぐに消えてしまったのだが、見られて良かった。

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ちなみに、超巨大おみくじがあったので、楽しそうだなと思った。持ち上げたはいいものの、下から出てくる札が抜けずに困っている人がいた。一応手助けした。

神仏習合を示す、隣の寺も参拝。ちゃんと参拝の仕方のところに「寺なので拍手とかいらない」と書いてあった。

三重塔も有料で見学。中は展示室になっていて、絵画などがあった。ホンマもんの木造ではない。最上階から滝が見える。なお、フェンスがくり抜かれていて、写真が撮りやすくなっていた。スマホ落としたら最悪。

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結構雨が降ってきたが。滝へ強行。ここも石段だが、午前よりマシ。ちなみに、登っている人たちは辛そうだった。(ここでも優越感)

まばらに人はいた。雨だったが、果敢に傘を取って記念撮影をする夫婦がいた。気持ちはわかる。けど、滝の飛沫だか雨だかわからないが、だいぶ髪の毛が濡れてしまっていた。良い記念にはなるでしょう。

それを見てから、宿を白浜で取ったので移動しようとバスで紀伊勝浦へ。(那智駅に荷物を置いてないから出来たこと。)バスを待つ間、どうにもお腹が空いて梅ソフトクリームを食べた。梅酒みたいに甘いのをイメージしていたが、男梅キャンディみたいに酸っぱかった。ちなみに、友人にどんな味だったか説明した時に、「ブロンコビリーでおまけにもらえる飴みたいな味」と行ったら通じなかったので、「男梅みたいな味」になった。本当はそこまで酸っぱくない。

昼ごはん(夜)のために勝浦の店を一日目の旅館で教えてもらっていたが、どこも閉まっていた。コロナのせいか!?

仕方ないので唯一空いていた海鮮の店へ入る。が、1500円で結構多めの刺身の乗ったものが食べられたので満足。ちなみに雨がひどい。

大将曰く「スマホ忘れたらあかんで。この前スマホ忘れた子達追いかけるの大変だったんだから」

大将曰く「昔、この色紙が読めたらタダって言ったら本当に読まれちゃったんだよね(タイ語の色紙を見せる)」

フレンドリーな人だった。が、一緒に出てきたワサビは死ぬほどツンときた。(つけすぎた)

2両編成の電車に乗って、白浜へ。ローカル各駅停車でめちゃめちゃ時間がかかったし、ワンマン運転だったから、冷気が入らず、座席が火傷しそうなくらい熱かった。何か新手の拷問か?カイジの利根川か?と思っていたが、まあ仕方ないだろう。

海沿いを走っていたから、台風のときどうなんだろう。止まってしまいそう。それに、車内に「津波の時は」という案内が沢山あって、やはり地域によって防災意識や対処法が違うのだなと思った。景色は良かったし、どことなく出身地の景色に似ていて懐かしかった。家に帰ってから、自分の家のハザードマップと実家のハザードマップを確認した。今の下宿は大丈夫だが、実家は高潮が危なそうだな。

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旅館まではバスで移動。安さ重視で素泊まり。だけど、ちっちゃな温泉も付きでめちゃめちゃよかった……宿の人に私の性別を若干混乱させてしまった様だったが。浴衣付き。寝衣を持っていなかった私にとっては救世主。小腹が空いていたので、和歌山ラーメンを食べに行った。旅館に他の客はいなかった。でも私は満足。

宿はこちら(民宿かつ家)

三日目

白浜観光。三段壁観光海中展望をした。ぶっちゃけここが一番観光地っぽかった。何なんだよ!天下の世界遺産が負けるだと?ちなみに親に旅行の写真を送ったら、白浜に関してだけ反応があった。解せぬ。

海中展望は、ホテルの施設から行くもので、最初どうやって行くのは分からず、ウロウロしていた。ホテルは高級感があり、止まってみたいなぁ、ちょっと場違いな服装じゃないかしら、と思っていたが、普通に快く見せてくれた。

ちょうど魚が沢山いるタイミングで、変な話水族館みたいだった。こんなに魚がいるものなんだ。見えていないだけで、生き物は地球上に沢山いるんだなぁ。

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ちなみにカップルのスポットになっているみたいで、誰もいないと思って騒がしく降りて行ったらだいぶ気まずかったし、あちこちにみんなの愛の証的なコメント落書きがあった。

その後は三段壁へ。

三段壁は知り合いによれば、昔はもっと崖ギリギリの位置まで近寄れたそうだが、今はだいぶ手間に柵がある。ただ、乗り越えやすい大きさだから、自死対策としてはどうなんだろうとも思う。柵があるってだけで、ちょっとは対策になるんだろうけど。あと、あんまり頑丈に作っても台風の時に壊れてしまったりするのだろうか。(台風ばかり気にする人)

件の柵は写真の奥の方。

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洞窟もすごい。迫力がある。自然ってすごい。が、あと正直私は波の音に恐怖を感じるタチなので、飛沫がかかるような縁へは近寄らないようにした。

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そうしてお昼はとれとれ市場でたべ、大阪へ帰った。

とれとれ市場は観光地観光地していたが、普通の魚の卸場みたいな部分もあって、あの地面の少し濡れたような感じと魚の匂い、ちょっと薄暗い感じが実家を思い出した。

白浜のレポが少ない様な気もしますが、まあ、結構楽しい3日間でありました!

熊野参拝、おすすめです。

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