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るいは智を呼ぶ 感想

かなり間隔が空きつつのプレイにはなりましたが、トータルで1年くらいかけてアドベンチャーゲームの『るいは智を呼ぶ』と、実質的な完結編である『るいは智を呼ぶファンディスク ―明日のむこうに視える風―』をクリアしたので簡単に感想を。ネタバレ有です。

元々は、上記2本がセットになったコンシューマー版を2016年辺りにセールで買っていたのですが、本編をクリアした段階で止めてしまいファンディスクの方は未プレイの状態でした。
今回、オリジナルであるPC版を買おうと思ったきっかけは、ちょうど個人制作で女装キャラを書いていたというのもあり、そういえば昔遊んでたゲームであったよな……と、唐突に思い出したというものでした。
CS版との違いも楽しみつつ、改めて1からこのゲームを遊ばせてもらっていろいろと書きたいことも出て来たので、世界観→キャラ→総評の順でまとめていきます。

世界観

上記の通り、るい智は女装主人公を扱った物語なのですが、『何故女装しなければならないのか』の理由作りの部分が非常に独特。
この作品は現実世界をベースとしていながら、『呪い』というファンタジー的な要素が存在する世界観となっています。所謂ローファンタジー。
『呪い』の存在は、当事者たちしか知らず、世間には認知されていません。こういうの大好き。

単刀直入に言うと、『本当の性別を知られたら死ぬという呪い』にかかっているため、主人公の和久津智は幼い頃よりスカートを穿かされ、10数年もの時を女の子として生きてきていたのでした。なかなかに重い。

『呪い』には対となる『才能』というものが存在し、特別な力――所謂、異能力のようなものを、呪い持ちたちは発現できます。『呪い』を踏む条件である禁忌と『才能』の内容は、呪い持ちによって多種多様。

才能は、呪いを与えられたからこそ対価として存在する力なのか、それとも、才能を与えられていたからこそ、束縛として呪いに蝕まれたのか……物語を通じて、主人公たちは呪いの謎に迫っていきます。

呪い持ちは主人公以外にも登場し、ヒロインたちがそれに該当するのですが、呪いがあるからこそ、普通の生活を送るのが困難で、どこか心に影を抱えながら生きてきた少女たちが出会い、手を取り合って、己の闇や襲い掛かる数々の事件――呪われた世界と向き合っていくというのが物語全体のプロットです。

そしてこのゲーム、女装ものでありながら学園生活での描写が殆どないのです。攻略対象となる呪い持ちのヒロインたちは、全員主人公とは別の学園に通っている女の子たちのため、基本的にはそれぞれの学園が終了後に溜まり場へ合流するといったような流れになっています。

彼女たちは、それぞれ禁忌を犯したら死んでしまう呪いを抱えているため、お互いの距離感もどこか独特。
これまで呪いを抱えていたが故に、誰とも深い関係になれなかった彼女たちが、『同類』あるいは『同盟』として心を許し合いつつも、深い関係に進むことで呪いを踏む可能性も高くなってくるという危険は常に存在している。特に智は『本当の性別を知られてはいけない』ため、呪いの禁忌自体を仲間に話すことすらできません。そこの葛藤も、物語の縦軸として丁寧に描写されていました。

さらに、パッケージを見れば普通に美少女を攻略していく女装もののエロゲだと感じますが、作中では裏社会を生きる大陸系のマフィアの抗争や、汚職を行う企業の陰謀、派閥争い、殺人事件などに巻き込まれていくため、一見普通の学園ものエロゲヒロインにしか見えない制服を着た美少女たちが、数々のアウトローな事件と対峙していく雰囲気は独特で引き込まれました。

華やかな駅前のベッドタウンから少し離れたところに旧市街があり、そこで半グレ集団や『ヤのつく人たち』が活動しているというアンバランスさも、表と裏が常に隣り合わせというか、光と影みたいな感じでワクワクします。これもおそらく、呪いと才能という『対の存在』と掛けられているテーマなのかなと。

シナリオの文章は結構癖が強く、語り手である智は優等生の仮面を被ったひねくれ者なので、妙に遠回しで冗長なモノローグが目立ちます。
最初の方は「う~んテンポが……」という感じだったのですが、ヒロインたちとの掛け合いにはクスリとできたり声を出して笑える場面がたくさんありましたし、熱い場面では思わず画面に食い入ってしまうような盛り上げが本当に凄かったです。
この独特な台詞回しも含めて、和久津智という主人公、そして『るい智』という作品の魅力だったんだなと、クリア後は感無量でした。

キャラ 

和久津智

主人公の男の娘です。
呪いの禁忌は、『本当の性別を知られてはならない』
与えられた才能は……実は彼には何故かありません。しかし、これがちゃんと伏線として機能しているのと、特別なものを何も持たないながらも仲間のために奔走する彼のカッコよさが際立っていたのがお見事でした。
学園ではお嬢様として振る舞い、男女問わずみんなから憧れの的となりつつラブレターは毎日何通も。しかし心は少年のため、複雑な心境で日々を送っている苦労人。
両親は死に、性別を隠しながら一人暮らしをしている彼ですが、料理が上手という点で女子力も高し。そのためヒロインたちからも完全に女の子として見られているのですが、個別ルート突入後に、ルート進行中のヒロインのみから男だとバレ、呪いを踏むことになります。ここで男として認識された智は、ヒロインと恋愛関係に発展していくことになるのですが……ここでは何故か死なず。終盤に回収される伏線となっていました。
呪いを抱えているが故に、日常生活ではのらりくらりと振る舞うことが多いですが、優柔不断と見られるような描写は全然なく、大切なものを守るために奔走する行動力はまさしく漢。可愛くてかっこいい、個人的に大変好みな主人公でした。

皆本るい

ヒロインのるい姉さん。
呪いの禁忌は『約束をしてはならない』
与えられた才能は『身体能力の増大』
タイトルからもわかる通り、メインヒロインのようだぞ、と思いながら進めていきました。物語は智が彼女と出会うところから共通ルートが始まります。
父親と確執があり、開始時点は家なき子で過ごしていたため、ワイルドだが可愛くて頼れる姉貴分といった感じのキャラでした。
非常に仲間想いなのですが、呪いのため彼女は約束ができません。だからこそ、何か頼まれても「るい姉さんは気まぐれだ」と笑顔で返すだけなのですが、それで通じ合えるみんなとの絆が非常に温かくて印象的でした。
個人的にメインヒロインは一番最後に攻略するプレイスタイルなのですが、このゲームに関しては一番最初がるいエンド固定となり、一番最後のヒロインも固定されているため、タイトルになってる割には終盤の存在感が……というところは少し残念でしたね。

花城花鶏

ヒロインの大魔王セクハラー。
呪いの禁忌は『助けを求めてはならない』
与えられた才能は『思考加速』
ロシア系クォーターの美少女で、いかにもお姉様~な感じですが、百合100%の変態さんでした。るいとは犬猿の仲であり、顔を合わせる度に取っ組み合いをしています。
るいは『仲間は無条件に信じる』という考えですが、花鶏は智含め女の子たちにLOVEな割に、プライドが高く自分を大切にするため、呪いを解く方法があるとしても才能まで失うなら解かないというスタイルでした。
助けを求められないという禁忌や、自身の家を再興させるために頑張らねばならないという気持ちがそうさせているのでしょうが、そんな彼女が何だかんだで家なき子のるいと茜子を自分の家に住まわせたり、仲間を守ったりするところは微笑ましかったです。
そして、彼女は智が女の子だと思っていたからこそ、全力で好意を向けていたのですが、男だとわかった後はこれいかに……特に葛藤することなく「智は智よ」って受け入れていたところが好きでした(Hシーンの最初は「やっぱ男は無理だわ」など言っていましたが……笑)

鳴滝こより

ヒロインのこよりん。
呪いの禁忌は『通ったことのない扉を1人で開けない』
与えられた才能は『動きの完全なトレース』
所謂マスコットキャラ的ポジションで、智のことを「センパイ」と呼ぶ愛らしい後輩です。
実は智とは幼い頃に出会っており、智にとって唯一とも言える幼馴染ヒロイン。この事実は個別ルート突入後に判明するのですが、2人の関係を知ったうえで他ルートでの掛け合いなどにも注目してみると、いろいろと感慨深いものがあります。
姉の小夜里さんはCAコーポレーションという企業に勤めており、昔は仲の良い姉妹だったのですが、呪いとか諸々のせいで疎遠になり、こよりの中に影を落としているひとつの要因となっています。
こよりルートではCAコーポレーションの陰謀を巡る事件に立ち向かうことになるため、必然的に小夜里さんとも対峙することに。姉妹の間に分かりやすい形での和解という図は描かれない結末で終わりましたが、これまたファンディスクへの伏線。ほんの数行ではありましたが、無事に和解できている描写があったことにはほっこりしました。

白鞘伊代

ヒロインの眼鏡委員長。
呪いの禁忌は『固有名詞を口に出してはならない』
与えられた才能は『どんな道具の使い方も知ることができる』
眼鏡・生真面目・巨乳な委員長キャラです。
彼女の呪いが、これまたかなりシナリオのテキストにも影響を与えていて、伊代は固有名詞を口に出せないため、どんな相手にも「あなた」や「彼女」としか呼べないのです。もちろんHシーンの時でも……
だからこそ、智と2人でメールしている時には名前を書いてくれたり、こっそり口だけを動かして発言せずに呼んだりするシーンが可愛く、設定を活かした魅力になっていると感じました。
とにかく生真面目なので、基本的にはツッコミに回るのですが、そのツッコミもまるでお母さんの説教でも聞いているかのように長くて回りくどい。実際にいたらかなりめんどくさい人だな……といった感じですが、仲間からは「空気読め」と一言で一蹴され、「え……?」というお決まりの流れもギャグとして楽しむことができました。

茅場茜子

ヒロインの茜子さん。
呪いの禁忌は『他人に直接触れてはならない』
与えられた才能は『他人の心の動きを読むことができる』
不思議ちゃん枠……というより、奇抜なギャグやパロネタが多く(茜子だけに限らずですが)クールでありながらぶっ飛んだキャラという印象でした。
しかし、こういうキャラこそデレた時の破壊力が凄まじいというのはやはりありまして、普段は周囲のキャラのことを毎回変なあだ名で呼んでいるのですが(智には貧乳姑息ブルマー、るいには暴食魔人など)個別ルート突入後でデレた時は、「智さん……」としおらしく呼んでくる姿に思わずやられてしまいました。
他人に触れることすらできず、しかも完全でないとはいえ他人の心を読めてしまうため、ずっと自身と周囲に壁を作ってきた茜子……そんな彼女だからこそ、恋愛関係になった後の甘え方が凄くてギャップにやられます。

そして彼女こそ、無印本編における最後のルートに固定されたヒロインであり、無印の内容は、呪い持ちが全員で協力して呪いを解くという結末で幕を閉じました。
この時点では、捉えようによっては茜子ルートが正史であり、それ以外のヒロインとくっついたルートは『可能性として存在したIF』に過ぎないように見えてしまうという点もあったのですが、これがまたファンディスクへの布石となっていたのが素晴らしい。

以下は、ファンディスクでルートが追加されたヒロインたちです。

冬篠宮和

学園随一の和久津様ストーカー。
作中では描写少なめである、智の学園に通っているクラスメイトです。智は彼女を宮とあだ名で呼びます。
花鶏とは友情が芽生えそうな感じの、智のストーカーを自ら公言する見事な変態……とはいえ、百合属性ではなく純粋に智が好きというだけで、危ない発言はしつつも物理的なセクハラはしないという清楚……? キャラでした。
呪い持ちではないため、話の本筋に関わってくることはなく、あくまでも智の日常の一部を彩るキャラという印象でしたが、呪いとかの事情を関係なしに、智が宮に気を許しているのは彼女の性格があってこそ。
ファンディスクではサイドエピソードを挟みつつ、宮和ルートが一番最初で固定なのですが、無印では触れられなかった彼女の家庭の事情が話に絡んできたり、交流のなかったキャラ同士で意外な繋がりができたりなど、いかにもファンディスクといった感じの内容で、シナリオも重くないため導入として楽しめました。

尹央輝

ユン イェンフェイ、彼女もまた呪い持ちの1人。
呪いの禁忌は『日光を体に浴びてはならない』
与えられた才能は『目を合わせた相手の感情を増幅させる』
作中の舞台である田松市、その影の部分である裏社会に生きる実力者で、才能を使って多くの部下を恐怖で支配し従えています。
共通ルートの終盤で、智たちと央輝は『パルクールレース』というイベントを通じて割と命に関わるような危ない対立を繰り広げますが、その後は敵でも味方でもないといったような立ち位置に落ち着くため、無印では攻略ルートが存在しませんでした。
ファンディスクのルートでは、彼女が何故裏社会で生きなければならなかったのか、本当はどんな少女だったのかが掘り下げられつつ、マフィアや裏組織の絡んだ殺人事件を追う形で話が進行するため、ほのぼのしていた宮和ルートとは打って変わって一気に引き込まれていきました。
心の底では家族を求めていた彼女が本音を吐露したり、智を始めとした呪い持ちたちと仲間になって一緒に行動したりする姿は、無印では決して見られなかった姿。そこに感動を覚えつつも、別のルートでは彼女が仲間になることはなかったんだなという事実も改めて認識させられ、非常に印象的で好きになったルートでした。

才野原惠

呪い持ちの1人。どこからどう見ても美少年。だが、女だ。
呪いの禁忌は『自分の真意を話してはならない』
与えられた才能は『自ら奪った相手の命を自分に上乗せする』
プレイ前は完全に男だと思っており、何なら女という事実が明かされるのも共通ルート終了後のため、見事に騙されました。智の正体を知ったヒロインの気持ちもこんな感じなんだろうか……
恵のルートはファンディスクで追加となり、最初は掴みどころのない飄々としたキャラという印象が強いのですが、それが呪い故だとわかり、さらにその才能、それによって背負わされている宿命を知ると、彼女への印象がどんどん変わっていきます。
彼女は生まれつき持病を患っており、遺伝的なものなので彼女の家系は皆若くして病死してしまっていました。そして恵に与えられた才能は、他人の命を自分に上乗せできるというものだった……
彼女は生きるため、『罪人』の命を選んで摘み取り、自分の命へと上乗せしていきます。しかし、病気そのものが治るわけではなく、不治の病のため、ずっと殺人行為を繰り返さなければなりません。
無印の茜子エンドでは、全員が呪いを解くという結末になりましたが、呪いと才能を失い、生きる術を失った恵が生き残ることはできませんでした。彼女がそれを承知でみんなのために呪いを解いたというのは感動的なのですが……
ファンディスクのルートでは、智がいち早く恵の真実を知り、生きるために、罪人とはいえ人の命を奪うことは正しいのか……だが、恵には生きる権利があるのではないのか……と、様々な葛藤を繰り返しながら仲間に相談することもできずに悩み続けます。
そして恵ルートの最後では、これまでに悪事を繰り返し、呪いの秘密に辿り着いて智たちを利用しようとしていた記者の三宅(裏があったとはいえ、ルートによっては智たちの仲良くしている場面も見れたので複雑でしたが)……彼を殺害し、死にかけている恵に命を与えようと決断した智は、それを実行します。
殺害を実行するシーンでは、無印のEDとなっていた『宝物』がBGMとして流れるのですが、この切なくも温かい曲と殺害シーン(厳密にはここで殺してはいませんでした)が、合わないはずなのにマッチしていて引き込まれます。
特に智が「どうしてどうしてどうしてッ!!」と繰り返しながら三宅を凶器で殴るシーンで、『大切なものを守るため、傷つけ合うのはどうしてだろう』という歌詞が偶然重なった時は、思わず声が出てしまいました。
生きるために罪を背負い続けることを選んだ智と恵。ある意味で、無印のTRUEとも言える茜子エンドとは真逆の結末となり、恵は生きながらえることができたわけですが、その代償というべきか、2人はみんなの前から姿を消し、ニュースを告げるラジオだけが、犯罪者を殺し続けている智と恵の存在を示唆して終わりました。
仲間たちは、智と恵がどうしているかなど知る由もなく、いつか帰ってきてくれることを願いながら、明るく楽しく過ごし続けるという……
個人的に央輝ルートがかなり面白かったため、恵ルートはどうなるんだろうと思っていたのですが、このラストはかなり心に来たというか、こういうのってTRUEエンドに持って来るとしたら結構挑戦的だと思いますが、個別ルートだからこそ描けるメリーバッドのような後味は、本当に秀逸だなと思いました。

和久津真耶

最後にこのキャラを。実質的なラスボスである智の双子のお姉さん。
呪いの禁忌は『本当の性別を知られてはならない』
与えられた才能は『未来視と可能性の引き寄せ』
死んでしまった双子の姉さんという形で真耶の伏線は序盤から貼られていましたが、登場したことによって智になぜ才能がなかったのか、なぜ男だとバレて呪いを踏んでも平気だったのか、といった謎が明らかになります。
ヤンデレとも少し違う、少女人形のような儚さと幽霊のような不気味さを感じさせる狂気お姉ちゃんです。もちろん、彼女の境遇を考えればそうなってしまうのも無理はないのですが……
真耶の才能は、未来に存在する可能性の世界を、自身が望むまま引き寄せるというチート級なもの。
ただ、これがアドベンチャーゲームのシステムとも上手くマッチしており、無印の茜子エンドでは、呪いを解く際に『存在した無数の可能性世界』として茜子ルート以外のヒロインたちとのルートも智がフラッシュバックのような形で視ています。
この演出から察するに、茜子ルートが正史ではありつつも、るいルートや花鶏ルート、こよりルートや伊代ルートも『可能性世界』として確かに智が視ていたものだったんだな……と、非常に上手い落とし込みだなと思っていたのですが……

それだけでは終わらなかった……

ファンディスクの終盤に位置しているのが実質的な真耶ルートであり、そこで明かされる真実が驚くべきものでした。
智はずっと、真耶と共に可能性世界を観測する観測所――おそらく精神世界のような場所に閉じ込められており、無印のルートもファンディスクで追加されたルートも、全て智がそこで視ていた『まだ訪れていない無数の未来』だったのです。
現実世界での智は、『パルクールレース』を通じた央輝との戦いが終わった直後……つまり、共通ルート終了時点であり、まだ何も始まってすらいなかった……
アドベンチャーゲームの特性上、各ルートを巡るために周回することになるため、個別ルートは時間がループしていた世界の中のひとつだった……みたいなオチを持って来る作品もありますが、ルート全てが未来の出来事であり、何一つ確定している世界がないという構成は、なかなかに唸らされました。

智は真耶の力を通じて幾つもの可能性世界を巡り、自身が辿るべき未来を模索していました。
しかし、主に恵の病気問題がネックですが、どの世界を視たとしてもみんながみんな幸せになれるという世界はありませんでした。
真耶は智に対して、救いのない呪われた世界で生きるよりも、閉ざされた世界で自分と一緒に居続ければ良いといった旨を伝えますが、しかし智が仲間たちと出会えたのも、呪いがあったからこそ……智は現実を生きるため、真耶と対峙することを選びます。

ここで特に印象的だったのが、智が仲間たちの声によって激励を受けるシーン。可能性世界の狭間に存在した意識だったのかもしれないし、もしくは単なる智の幻想だったかもしれない。
ですが、ヒロインたちから告げられた言葉がかなり考えさせられるもので、砕けたニュアンスにはなりますが「選ばれなかったルートのヒロインだって、決して不幸せではない」といったメッセージをそこからは感じました。
ギャルゲーやエロゲではよく取り上げられる問題ですが、個別ルートで選ばれなかったヒロインは、実質的に救われていないのではないか……というアレ。
しかし、みんなの幸せは主人公1人が背負うものでも決めるものでもなく、どんな世界になったとしても、ヒロイン一人ひとりが自分で見つけていくことができるということなのかなと。

完成された世界なんてない。みんながみんな幸せになれる世界なんてない。誰かの笑顔の裏では誰かが泣いているかもしれない。それでも、自分の力で幸せを探していくことはできるし、幸せが手に入らない世界だったとしても、だからってその世界が無意味なものなんかでは決してない。

と、いろいろ考えてしまいましたが、こういった目線で恋愛ADVをプレイすると、また見方が変わってくるのかもしれないよなぁと思いました。

真耶とも最終的に和解を果たし、彼女が弟を笑顔で送り出してくれたのは本当に良かったと思いました。
終始、笑顔を浮かべるにしても不気味な表情ばかりだったので、普通の女の子のような真耶の明るい笑顔を最後に見れたのは、長時間プレイの果てに辿り着いたご褒美のようにも思えました。

未来がどんなルートを辿るかはわからない。もしかすると、これまでに視てきたどの可能性とも違う未来が待っているかもしれない。
智は観測所で視た全ての記憶を忘れてしまいましたが、いつかきっと思い出すという約束と、全てを救う未来にしてみせるという彼の決意……そこに、ゲームの中では描かれなかった本編終了後の世界の可能性を感じました。

総評

女装ものという題材からは想像が容易ではない裏社会抗争やサスペンス、異能力といった様々な要素を詰め込んだ意欲的な作品だったと感じています。
無印の発売が2008年、ファンディスクが2010年、これらを合わせて18禁要素を削除したCS版が2013年発売。
CS版を購入したのが2016年で、そのタイミングではファンディスクの方までプレイしなかったので、かなりの年月が経ってしまいましたが、無事に完走できて良かったと思っています。良い作品でした。

ファンディスクに関しても、実質的な完結編(というか、これがなければ物語が完成しないTRUEエンドだと思っています)を描いているというのも、当時としてはファンディスクという概念に一石が投じられた斬新な手法だったという声もあり、
さらにはラストの種明かしのインパクトも大きく、ルートを周回するゲームの特性と、未来視を通じて可能性の棄却と引き寄せを繰り返していた主人公をリンクさせるという演出にも非常に唸らされました。

才能と呪いが対になっていたように、豊かなベッドタウンから少し歩けば裏社会が広がっていたように、明るくて楽しかった掛け合いの中、事件が起こって影が差したように……良いことの裏には、常に悪いことが隣り合わせで存在しているのかもしれません。
呪いがあったから、彼女たちは苦しんだ。しかし、呪いがあったからこそ大切な仲間と出会えたのもまた事実。

未来のことは誰にもわからない。彼女たちは呪いを解くことができるかもしれないし、できないかもしれない。
何が待っているかわからないからこそ、彼女たちは一瞬一瞬を一生懸命生きていくんですよね。

これって、現実世界でも言えることだなと思っていて、もちろん我々は過去に戻ることもできなければ、未来を視たり可能性を引き寄せたりする能力もない。
何度か真耶の口から強調されて出てきていたセリフですが「起こったことは変えられない」という。未来の可能性を覗くことはできても、既に確定してしまった過去は変えられないわけですよね。

しかし、未来であれば無数の可能性がある。だって、まだ何も決まっていないわけだから。
確かに、どう頑張っても希望が見えない時もあるかもしれない。あらゆる可能性を想定してみても、バッドエンドに繋がる道しか見えない時もあるかもしれない。でも、確定はしていない。
だからこそ、抗うことには意味がある。呪われた世界をやっつけるために……ラストの智からは、そんな意志を感じました。

現実に生きるプレイヤーも、最後の智と同じだと思います。
未来のことはわからないし、辛いことや苦しいことも待っているかもしれない。そして、幸せも待っているかもしれない。
過去は変えられないからこそ、より良い未来へ行くために頑張ってみよう……こういうメッセージが込められていたのではないでしょうか。

『今日は信じても明日になれば分からない だからこそ愛おしい』
るいは智を呼ぶ オープニングテーマ『絆』より。

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