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短編【どうでもよい。】


「このアイデアはボツだな。」


最終決定目前で、今回のアイデアもボツになった。

いったい自分たちが何を目指していたのかすらも、霞んでぼやけてきて、怪しくなった。



「アイデア」


アイデアとは今までに見たこともないことを思いつく、幻想的で選ばれた人だけの特殊な才能のような発想のことではない。

アイデアは、あくまでその人の頭で生まれたものが、つまり、内にある既存のものが外気と衝突しあって、新鮮で面白いと思うものだ。

この最後にまで到達するには、「他者」がいるとスムーズに進むこともよくある。



僕の中ではこう結論付いているのだが、いちいち説明するのも面倒だから、人と話すときは、最初に述べたような考えでいるよう心がけている。




「アイデア」


カタカナだけを見てみる。

アイデアで、合っているのだろうか。

「アイディア」ではなかったか。

「デ」が重苦しく感じて、小さな「イ」をつけたくなる。

「デ」が単体であるおかげで、「アイデ」で一つの単語が終わってしまうように感じるのだ。そうすると、語尾の「ア」は正しい位置にあるはずなのに、なんだかお荷物のように思えるのだった。


いずれにせよ、今の発達した人間の脳で認識することにおいては大差ないだろう。

日常生活において、そんなことはどうでもいいことなのだ。




「このアイデアはボツだな。」



頭の中でこの言葉を発してみるのと、声に出して発してみるのと、紙に書いて発してみるのでは、全然違う。


頭の中で発する。これは自分の声なのかどうか、確かめることはできない。なんだか、いつもの自分より低い声のような気もする。

だから、実際に声に出してみる。


あ、全然違った。頭の中で流れていた声はなんだったのか。いや、頭の中の声が私の本当の声なのか、それとも耳で聴いている声が本当の声なのか…

こんなことを考えていても、しかたがない。

だから、紙に書いてみる。


「このアイデアはボツだな。」


ボツがツボに見える。ツボとも読める。このアイデアはツボだな。という文章を使う時もありそうだ。ツボはボツになったのだろうか。

そんなことはどうでもいい。とにかくボツ、なのだ。


僕の言いたかったことは、ボツはツボに見えて、ツボはボツに見えない、ということだ。



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