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短編【ある日常2】


この世に完璧は存在しない。

それに気づきはじめていても、完璧を求めてしまうのが、僕だった。



何もかもが手元から離れた今、僕は実家のリビングで白い天井を見上げている。

なんの曲だかわからないが、外からは軽やかな野の花畑のようなピアノの音が、新緑の力強さとともにこの部屋に入ってくる。




僕には、何が残っただろうか。

いつしかのあの情熱は、いつか戻ってくるのだろうか。そう信じて、わずかな希望でもちこたえているように思う。もう少し、もう少し、と…


もうどうにもできないようなこの人生。



〜♩



ピアノの音が終わりに向かう。



〜ジャッ ジャーン♩




丁寧な和音だった。なんて素敵なピアノだったのだろう。自宅で天井を見ながら聴けるピアノ演奏に、満足する自分がいる。



僕も声に出してみた。

「ジャッ ジャーン…」


僕もこうして終わったのか。

僕の心も、こうして終わるのか。

それはそれでいいかもしれない。




一歩気を緩めれば、いつでも崩れ落ちてしまうような重りを抱えた僕の心。

…と、思いたいだけなのか。


いずれにせよ、今の僕には何もわからない。





僕は小さな時から、庭から聴こえるピアノの音が好きだった。両親は音楽には関心がなく、ただうるさいだけだと言っていたが、僕はずっと聴いていたくて、よく窓際でカーテンの中にくるまって暖かな空間を味わっていた。

体にはよくないらしく、それもまた、たくさん怒られたが、そのホコリっぽい匂いも好きだった。日曜日だけの、至福の時間は、いくら怒られても奪われたくなかった。




目を閉じて、弾いている手を想像する。

今でもそうだ。

音楽を聴く時、目を閉じたいと思う。



もちろん、ピアノを習ったことはないし、弾けるわけもないのだが、指や身体、足の動きを想像して、何故だか安心するのだ。

お気に入りのコーヒーをゆったり飲む時のような、サッカーでうまくパスできた時のような。


たまには、エアーで弾いてみたりする。そうする時は、本当に弾けているんじゃないかと思う。




そういう意味では、僕の心はまだ終わっていないのかもしれない。



この世に完璧は存在しないが、

それも、悪くない。





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