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民間企業と大学との間の共同研究/開発のトラブル防止策&解決策 (よろず知財戦略コンサルティング代表 萬秀憲氏へのインタビュー)

本稿は、知財ぷりずむ2018年12月号に掲載された「知財から見た 産学連携のリアル(連載第4回)」を改題、転載したものであります。また、この記事は萬氏が大王製紙の在職中にインタビューしたものであり、萬氏は現在はご退職されてよろず知財戦略コンサルティングの代表を務めております。

大企業にとっての産学連携とは

加島 萬様は現在お勤めの大王製紙株式会社において様々な産学連携のプロジェクトに携わっているとお伺いしております。中小企業ですと十分な研究施設がない等のリソース不足により大学等と提携して共同研究を行うというのは分かるのですが、御社のような大企業が大学等と提携して産学連携を進める意義を教えていただけますでしょうか。

 大企業には十分な研究施設や多数の研究員がおり研究のリソースに余裕があると思われがちですが、現在は新たな商品開発を行うにあたり研究が細分化してきており、あらゆる分野の研究開発を一企業だけで行うのは難しいと感じております。昔は日本の会社はどこも中央研究所を持ち、研究員には自由に研究をさせてきましたが、今はあらゆる分野の研究を自社だけで行うのは大変になってきているため、自社だけではできない部分を外部から補完しなければなりません。また、今は技術が細分化されるだけではなく、様々な技術を総合的に捉えてこれらを統合しながら課題を解決しなければならない時代になっています。現在、様々な業界においてオープンイノベーションの取り組みが盛んに行われているのも、いろいろな分野の人の力を合わせて解決しなければならない課題が出てきているという背景があり、共同研究や共同開発が推し進められるのもその流れの一環だと思います。そうなりますと、産学連携に対する捉え方についても、大企業と中小企業との間で大きな差はなく、自社だけではできない部分を外部からどう補完するかが企業の大小を問わず大事になってきます。

加島 先ほど、研究開発における課題という言葉が挙げられましたが、課題を発見すること自体と、課題を解決していくことと、どちらのほうが産学連携に適しているとお考えでしょうか。

 商品開発のプロジェクトでは、課題の発見は企業が行い、その課題を大学に持ち込むケースが多いです。課題自体は明確ですので、それをどうすれば解決できるのか、この課題を解決するためにどんな人とどのようにしてやっていかなければならないだろうかということで、外部にアプローチしていくことになります。弊社の場合では大学の先生に課題を発見してもらうことはあまり無いですね。ただ、課題が分からないけれども、ある分野でこれから解決していこうとする課題を連携して発見していきましょうということもあります。イノベーションの技術がなかなか見つからないときは、課題が明確ではなく手がかりを見つけられないこと自体が課題ですので、何が課題かを大学の先生にも一緒に考えてもらいます。商品開発の場合ですと、どんな商品を作ったら消費者に受け入れられるか分からないような手探りの状態で、どういうアプローチで商品を作りましょうかと相談するケースもあります。

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産学連携の相手の見つけ方

加島 もし企業の側で課題を見つけたときに、この課題を解決してくれそうな大学の先生をどのように見つけられますか?連携する相手の見つけ方を教えてください。

 課題が明確なときは、その分野の先生を片っ端から当たるという感じでやっていますね。例えば先生の論文なり学会発表なりをリストアップして、片っ端から先生方にアプローチします。課題が明確であればあるほど適切な先生に当たる確度が高くなりますね。

加島 大学の先生の論文や学会発表のデータベースが社内でも作られているのでしょうか?

 いや、社内ではないですね。基本的には世の中に出回っている無料のデータベースを使っています。論文のデータベースは国会図書館にもありますし、JICST(日本科学技術情報センター)も活用しています。

加島 データベースで連携したい大学の先生が見つかったら、実際にどのようにアプローチするのでしょうか?

 先生へのアプローチは、営業でいうと飛び込み営業みたいなものですから、なかなかアポを取るのも大変です。このため、いかにアポをうまく取るかということで、同じ大学出身の人にお願いしたり、先生の知り合いが社内に誰かいないかを探したりと、様々な人脈を使っていくことになります。大学の先生もいろいろな方がおられまして、すごくウェルカムな先生もいますし、逆の場合もあります。これはもう先生自身がどういうことを目指して研究をやっているかによって全然違いますね。産学連携をやっていない先生ですと直接コンタクトを取るというのはなかなか難しいです。

加島 大学の産学連携本部やTLO等に先生を紹介してもらうということもありますか?

 大学の産学連携本部やTLOの方は、先生方の技術をいかに売り込むかということで営業活動はされていますが、企業から「こういう課題を解決したい」と伝えても、なかなか課題を解決するのに合う先生にはたどり着かず、逆に大学の押し売りを受けることも結構あります。産学連携本部やTLOは技術系の人を集めているかと思ったらそうではなくて営業の人を集めていることが多いようですね。先日TLOの方とも話したのですが、技術に詳しい方よりも営業センスのある方のほうがTLOの仕事に向いているとお考えのようです。しかしながら、大学の先生の技術を広めないといけないという気持ちの方が強く出過ぎてしまっていて、大学を売り込むことにちょっと傾きすぎていると感じることもありますね。企業の側では解決したい課題が明確なのに、課題から少し外れたテーマの研究をしている先生を紹介されてしまい、こちらの話を聞いてもらえないということもあります。企業が求めたいところをしっかりと見てくれるTLOの方もいらっしゃいますが、数は少ないですね。TLO経由ですと、こちらからお願いした場合は紹介された先生の話を聞かなければならなくなって、その後のフォローもしなければならないのですが、なかなか実を結ばないケースが多いように思います。

加島 どのような先生となら共同研究が上手くいくとか傾向はありますでしょうか。

 大学が開催する研究室の展示会やイノベーションジャパン等では先生方の研究の中身は分かりますが、自分が研究しているメインのテーマから外れたところでも幅広く相談に乗ってくれる先生はありがたいですね。企業が解決したい課題に応じて、先生自身が研究の幅を柔軟に広げていただけると共同研究も上手くいくケースが多いですが、なかなか自分の研究の幅を広げてくれる先生は少ないと感じますね。

加島 自分の研究のテーマだけにとらわれるのではなく、そこから横にテーマを広げることができる大学の先生がなかなかおられないということでしょうか。

 なかなかおられないですね。しかし、そういう先生と当たると、本当にうまく相談に乗っていただいて、先生方もご自身の研究テーマがどんどん発展していきます。それが新しい技術や商品につながることになります。例えば東北大学の堀切川先生は、御用聞き活動を積極的にやっておられていますが、企業によく訪問して現場の悩みを聞き出して、それを自分の持っておられる様々な知見で解決しようとしてくれます。すぐに解決できるものではなく、課題を解決するのに時間がかかることもありますが、このように研究の幅を広げてくれる先生が増えてくれるとありがたいですね。産学連携本部やTLOもこのような方向に持っていこうとしていますが、なかなか先生方のマインドを変えるのは難しいようです。

加島 大学の先生でも、ドクターから大学一筋の方もいらっしゃれば、企業から大学に移られた先生もいらっしゃると思いますが、バックグラウンドの差はありますでしょうか。企業から大学に移られた先生のほうが、企業が何を求めているかをより理解している傾向があるように思えますが。

 そういう傾向は多少はあるかと思いますが、企業におられたからといって、研究の幅を横に広げられるかというと、なかなかそうではないケースもあります。むしろ、企業から大学に移られた先生は、大学の中での評価を得ることを優先的に考えてしまうこともあるかもしれません。大学の評価制度自体が、やはり学術面でどのような貢献をしたかということにフォーカスされていますので、大学の先生方も企業からの提案について話としては分かるけれども実際に共同研究に至るまでにはハードルが高いということもあります。そういう意味では、産学連携をやって成果を出すということを、大学の評価制度においてもっと高く評価されるような仕組みがないと、企業出身の先生が肩身が狭い思いをするということがまだある気がします。

加島 このあたりの産学連携に対する学内の評価は大学によって異なりますか?

 大学によって全然違いますね。産学連携をやっている先生を高く評価する大学もあれば、あまり重きを置いていない大学もあります。特に規模が大きい大学ですと、学部内での評価を気にしてしまう先生もいらっしゃいますね。例えば産学連携に積極的な教授が評価されていても、その下の准教授や助教の先生が悩むこともあります。産学連携ではこれらの先生が実際に企業と共同研究を行うこともありますが、学術論文が出せないと他の教授からの評価が低くなってしまうので、実働部隊となるような先生方がなかなか産学連携に積極的に取り組むことができない。だから、我々の対策としては、そのような先生方にも学術的に評価が得られるような仕事のやり方で取り組んでいます。

加島 大学内で評価が得られるように企業が先生をサポートするということでしょうか。

 その通りです。共同研究の成果として企業が商品を出すことができ、教授はそれで満足していても、実際に研究に携わっている准教授や助教の先生が学内で評価されずに不満を持つようなことがないように、学術的にも評価が得られるようなテーマを共同研究の中に組み込むようにしています。このため、我々企業の人間も、例えば先生の実験の現場にお付き合いすることもあります。企業の側としても、単に企業の利益になるようなものができればいいという考えだけではなくて、学術的に意味のあることも盛り込むようにして、企業が大学に歩み寄って仕事をしなければならないと思いますね。

加島 大学の先生は結局のところ論文や学会発表が学内の評価の基準となってしまうので、そこを企業がサポートすることによりWin-Winの関係を築くことが大切になってきますね。

 そうですね。もう少し大学の評価が変わってもらえればいいなとも思いますが、なかなか難しいでしょうから、現実的には、一緒に研究しておられる大学の先生が、学内でしっかり評価されるためにはどうしたらいいかということを企業の側も考えなければいけないと思いますね。目の前の研究成果だけではなく、企業も大学も大局的に見る必要があります。現場の人間だけでやっていると目先のことをやるのに精一杯ですが、相手の立場も考えてお互いに取り組みの多層化を図ることが成功への第一歩なのではないでしょうか。

共同研究をはじめるタイミングについて

加島 企業の側から大学の先生の研究を見るときはどのような点に注目されていますか?

 技術というのは直線状ではなく右肩上がりの階段状のように進歩しているのですよね。停滞期の踊り場があって、そこからぐっとブレークスルーして一段上に駆け上がる。このため、大学の技術説明会やイノベーションジャパンなどで、先生の研究の進捗状況を継続的に見ています。そして、技術がブレークスルーしそうだなと思うところで連携を持ちかけるのが一番効率がいいと思います。このタイミングが早すぎると、2、3年は成果が出ないので共同研究がなかなか実を結ばない。一方でタイミングが遅いと既に他の会社と連携してしまっています。ですから、大学の技術説明会などで先生の研究を継続的に欠かさずチェックすることにより、先生にどのタイミングでコンタクトするかを考えています。

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加島 先生の研究を単発で見るのではなく、継続的に進捗状況を見ることが重要になってくるということでしょうか。

 そうですね。大学の先生からすれば、興味を持っていただけるのであれば一刻も早くやってくれればいいのにとなりますが、企業側とすれば投下できる資本も限られていますので、これはもう少しでブレークスルーしそうだという技術に集中したいというのがあります。そのあたりは、こういうやり方でご容赦いただきたいという感じですね。ですから、大学の先生のいろいろな研究が無意味だとかそういうことは全然なくて、我々が入っていくことにより研究を大きく化けさせることができるかどうか、そのあたりのタイミングを見計らっているわけです。

産学連携の契約上の問題について

加島 話を変えまして、産学連携ではどうしても相互の立場の違いからか契約の問題がでてきてしまいますが、そのあたりのお話をお伺いしたいと思います。例えば、大学では学生が実際に研究に携わっているケースが多いかと思いますが、知財面での学生の取り扱いについて企業が留意すべき点をお聞かせいただけますでしょうか。

 学生の取り扱いにつきましては、企業が学生と直接契約を結ぶということはなるべくしないで、大学側で全て処理してもらうようにしています。秘密保持の問題と、それから職務発明にはならないですが学生が発明したときの補償の問題という主な2つの項目がありますが、これらは大学で対処してもらうのが一番かと思います。大きな大学ではこのあたりの対処を学内の産学連携本部やTLOでしっかりしてもらえますが、そういう手当ができない大学については、我々が先生に直接お願いする場合もあります。例えば教授に対する誓約書を学生に出してもらう等、あくまで大学の中の問題として片付けてもらうようにし、企業と学生との間の契約関係にはならないようにしています。

加島 あくまで大学内の問題として処理してもらうということですね。

 あとは、学生だけではなくて准教授や助教の先生が別の大学に移られるときの問題もあります。この問題も教授との関係で解決してもらうようにします。教授と友好的であれば、別の大学に移っても自社の産学連携の枠組みに取り込んでしまう。友好的でない場合は、別の大学に移ったら元のテーマの研究をやらないようにしてもらうか、あるいは元の教授のところでもう共同研究をやらないで移られた先生のところでやるかを選択することにより、どちらかの側と引き続き共同研究ができるようにする。その際も、教授との関係で解決するようにして、その下の准教授や助教の先生と企業とが直接交渉するのはできるだけ避けるようにしています。もし教授自身が大学を移られた場合は、教授と大学との関係にもよりますが、ほとんどの場合は教授とともに共同研究も新しい大学に移りますね。その際の大学の権利はというと、教授と企業とが共同で生み出した成果だからということで、企業への譲渡とか、あるいは様々なテクニックで、後で問題が起きないように手当てしています。それで問題が起きたことは今までないですね。

加島 あと、産学連携ではどうしてもお金の話も出てくるかと思いますが、例えば特許出願費用についてはどう分担されていますか。

 建前の話としては、企業や大学によっていろいろな考え方があると思いますが、実際には大学と共同で特許出願する場合は企業が全て負担することが多いのではないでしょうか。費用負担についてもいろいろな問題があると思いますが、そこでもめても仕方ないので、そこは企業が持ちますから、権利は他に出さないようにしてもらうという形にしていますね。ですから、特許出願の費用を企業が全額負担することについて社内で議論するときに、最後には共同研究の成果がしっかりと出るし、そのときには独占実施という形にできるのだから、これでいいじゃないかと社内を説得します。特許出願の費用を大学と企業で半々に負担するというのは、失敗したときのことを考えているわけで、そうではなくて特許出願の費用は共同研究の成果が得られたときに大学に実施料としてお返しするときの一部として考えればいいわけですよね。知財部門の予算との関係でいうと、大学との共同研究の費用というのは非常に少ない比率に過ぎないわけで、そこでうまくいけば大きな成果が得られるわけですから、特許出願の費用は企業が負担するというのが一番すっきりします。ですから、産学連携にかなり本気で取り組んでいる案件であれば、企業側が独占実施で、そのための費用を全部企業が持つというのは、企業側にとってはそれほど問題ではないと思います。

加島 外国出願の費用負担についてはいかがでしょうか。

 外国出願のケースは難しいですね。まずはPCT出願を行って判断を先延ばしにすることはあります。少なくとも出願から30ヶ月まで判断を延ばすことができるので、重要な発明についてはPCT出願までやりましょうというのは企業と大学とで合意できるかと思います。そして、PCT出願を行って出願から30ヶ月経過したときに各国移行をどうするかが一番の悩みどころです。しかし、外国で実施する可能性があるのであれば、企業が費用を負担することにより各国に移行し、外国で実施する可能性がなければ移行はしないということになります。出願から30ヶ月経過すればある程度の判断がつくようになりますので。このため、PCT出願をして、結局1~2ヶ国にしか移行しないこともあります。PCT出願の場合は最低でも4~5ヶ国に移行しないと元は取れないですが、本当に特許になるのかという不安の問題と、実際にどの国で実施するのかという事業性の問題という2つの問題により、PCT出願で国際調査報告書をもらって特許性を確認してから事業性で移行国を決めている感じですね。

加島 そうなりますと、外国出願を行う場合は常にPCT出願を行うということでしょうか?

 いえ、最近は日本特許庁の審査が早くなってきておりますので、場合によっては日本出願を行うと同時に例えば早期審査を行い、審査結果によって外国出願を行うかどうかを判断することもあります。そうなりますと、外国で事業を行うことが明らかであればパリ条約による優先権主張を伴う外国出願を行うこともありますね。産学連携の場合でも、外国出願については権利の性質によってケースバイケースの対応を行います。

文科省の「さくらツール」 の活用方法

加島 企業と大学との契約といいますと、契約書の雛形として文科省は「さくらツール」をホームページ上で出しておりますが、実際の契約の場でも使われていますでしょうか。

萬 契約書の雛形は、旧帝大などの主な大学はだいたい自前のものを持っていますね。雛形からもめるのは嫌なので、よほど不利なことが書かれていない限りは大学が出す雛形に応じています。しかし、大学によっては契約書の雛形がない場合もありますので、そのときは我々の書式でやらせていただいています。

加島 各大学の契約書の雛形は企業にとっても概ねリーズナブルなものとお考えですか。

 契約上はリーズナブルです(笑)。しかし、実際に交渉するときには融通が利くところと利かないところがあります。先ほど挙げました東北大学は個人的な感覚では一番融通が利くところですね。しかし、原則論にこだわって契約書の雛形から一歩も変えたがらないような大学の担当者もいらっしゃいます。その場合はこちらの担当者には「交渉でもめろ」と言っています。契約書の文言を雛形から変える権限のない担当者と交渉してもまとまらないので、権限のある上の人に出てきてもらい、こちらの状況を説明してお互いにWin-Winになるようにしています。その際に、契約の交渉を先延ばしにして、次の新しい成果が出たときに判断しましょうということもあります。契約交渉が今ご破産になるよりも、玉虫色で次の成果が出てくるまで待つような文言を入れて時期を延ばすようにすることによって、新しい成果を上手く抱き合わせて契約の問題を解決するようにしていますね。そのときに、いろいろな契約書の雛形のいいところ取りをして、雛形の組合せをうまく使いながら結論を先延ばしにして、いずれどこかに落ち着くのだからいいのではないですかという、そういう話を大学側にします。

加島 「さくらツール」には様々な類型があるので、雛形の組合せを作るのには適しているのではないでしょうか。

 そうですね。我々が提案しようとする契約書はどれに似ているかということを「さくらツール」で見つけてそれを大学側に提案するという使い方に加えて、「さくらツール」の中にある複数のケースを組み合わせて、いいところ取りのケースを新たに作って、それを提案することもあります。もちろん、いつまでもいいところ取りではなくて、ある時期がくると、どれかの一つのケースに落ち着いてくるので、そちらのケースの契約にしましょうと。大学側は自分たちの契約書の雛形を全面的に出してきますが、その雛形でうまくいかないところがあれば、「さくらツール」の雛形をこちらが出して、場合によっては複数の雛形の組合せを交渉にだすことによって説得するやり方もあると思います。「さくらツール」の雛形ですと、企業オリジナルの雛形と比べて大学側も安心できるでしょうし。あとは、契約書の雛形を持たない大学に対しても、相手への安心材料ということで企業が「さくらツール」の雛形を出せるのではないでしょうか。そういう意味では、「さくらツール」は企業にとっても有用なツールですね。

産学連携に関するトラブルについて

加島 産学連携を実際に行っていると様々なトラブルが生じるかと思いますが、どのような種類のトラブルが多いか、あとトラブルを未然に防ぐ方法を教えていただけますでしょうか。

 産学連携のトラブルで一番多いのは、やはり大学の先生が学会発表するときですね。学会発表を行うという話を先生から聞いたときには目新しい中身がないということだったのが、その後に学会の抄録を見せてもらったときに特許ネタが入っていてびっくりすることがあります。先生の意識としては発表の内容に新しい知財関連のものは入っていないはずだと思っているのですが、企業の人間から見たら先に特許出願をしておかないと後々トラブルになると考えるケースがありますね。抄録を出す前に気づけばいいのですが、抄録が出された後にチェックしていたら特許ネタとなるデータが入っていたことに気づいてしまい、学会発表の直前にあわてて特許出願することも年間数件はあります。

加島 これは特許出願すべき発明ネタに対する大学の先生と企業の知財担当者の意識の差からくるものでしょうか。大学の先生からすれば、発明といえばレベルの高い画期的なものでなければ特許出願できないというイメージがあって、従来技術と僅かな差があれば特許出願できるという企業の知財部の捉え方と差が出てきてしまうということでしょうか。

 そうです。発明に対する感度の違いはありますね。例えば、学会発表でデータとしては出さないけれど、この発表を見たら競合他社がどういうことを考えてくるだろうかと予測して、その予測した範囲まで権利を保護する特許出願を出しておかないといけないということもあります。ですので、発表内容そのものが含まれる特許出願を行うと同時に、実験とかはまだ行っていないが発表内容から派生するアイディアを保護する特許出願も行うことになります。ここまで分かっているのであればこういうところまで出しておいたほうがいいという特許網を築くという考えが企業にはあり、この特許網によって共同研究している分野に他社が出てこられないようにしていますが、そのあたりの知財の捉え方に差があるかもしれません。

加島 大学の先生に対する知財教育という話もありますが、今の話ですと相当高度な知財の知識を大学の先生も知っていないとトラブル防止は難しいですね。

 はい。よく大学の知財部門が先生に対して行っている教育というものは、発明をしたら外部に発表する前に届け出て特許出願しましょうということなのですが、自分たちの技術をどのようにして守るかという特許網の築き方など、そういう教育がおそらくなされていないと思いますね。学会発表までに特許出願しましょうという意識はどの先生もお持ちでしょうが、例えば特許の進歩性の基準がそんなに大したものではなくて従来技術と少しでも差異があれば特許を取れるという感覚はなかなか大学の先生は分からないかと思います。企業の場合ですと、例えば競合相手の特許をチェックしていてこんな単純なものも特許になってしまうのかという思いもしていますし、自社でもこれは特許にならないと思ったけど実際には特許になってしまったという経験がありますので、そのあたりの企業の担当者の実感と、大学の先生が考える発明のレベルとの間に差が出てきてしまっています。昔のように、特許出願をしてから学会発表をするという、その原則も知らない時代から、今はその原則がかなり徹底される時代になりましたが、競合相手を抑えるために企業が特許網を築くというような特許戦略から見ると、大学との意識の差はまだまだありますね。このため、学会発表の前にトラブルにならないように企業側が一生懸命バタバタ動いているという感じだと思います。

加島 大学と企業でコミュニケーションを密にすればトラブルを未然に防ぐことができると言われますが、実際はそんな単純な話ではないですね。

 なかなか難しいですね。先ほどお話した発明の捉え方一つでも考えに差異があるため、コミュニケーションのギャップはどうしても細かいところで生じてしまいますが、そこはトラブルにならないように水際作戦で防いでいます。トラブルを未然に防ぐための対応策としては、大学の先生が学会発表する前は必ず企業の許可を求める、抄録を出すときは企業のチェックを必ず受ける、最終の発表内容も実際の発表前に企業のチェックを必ず受ける、そこまで全部やるというルールを徹底することによってようやくトラブルを防げています。これが、「学会発表します」「了解です」ということで、抄録や発表内容を企業がチェックしないというのは、将来トラブルが起きるかもしれないという典型例ですね。日本やアメリカはグレースピリオドがあるため特許出願をせずに大学の先生が発明ネタを外部でしゃべってしまっても事後的にカバーできますが、中国やヨーロッパを考えるとそれが通用しない。

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加島 特許法第30条があるから特許出願前に学会発表しても良いと考える大学の先生もいらっしゃいますが、それは危険な考えですね。

 外国でも特許を取るということまで考えている産学連携本部やTLOが少なくて、外国出願は企業任せになってしまっていると、特許法第30条の適用を安易に考えてしまうことになってしまいます。日本では特許法第30条によって学会発表を先にやっても大きな問題はないという意識がどうも産学連携本部やTLOにはまだあり、それが大学の先生の意識にも反映されてしまっています。このため、トラブルを未然に防止する仕組みとして、学会発表の許可、抄録を出すときの許可、それから発表内容の最終チェック、この3つは欠かせないですね。

産学連携を成功させるには

加島 御社が行った産学連携の成功事例をいくつか教えていただけますでしょうか。

 「アテント」という男性用おむつを弊社と鳥取大学で共同開発しましたが、このケースは本当に事業化がすごく難しかったですね。販売代理店の社長さんが、高齢者の医療や介護現場で問題になっている尿漏れを解決する紙おむつができないか、鳥取大学の准教授の先生と雑談をしていたのが最初のきっかけです。課題は明確で男性の尿漏れを防止するというものですが、今までは男性の前漏れを防ぐパッドがなかったため、商品として今までにないものを作りたいというところからスタートしました。そこで鳥取大学と秘密保持契約を結んで、まずは実態から調べましょうということで、仮説をいろいろ出しました。ところが、大学の先生が出した仮説も、うちの会社が出した仮説も全部外れていたんですね。このため、通説に沿って共同開発を進めるのではなく、通説にとらわれずに尿漏れの原因を実証実験を重ねながら一から追求していくことにより、本当の尿漏れの原因を突き止めることができたのが成功に結びつきました。

加島 実証実験は大学側の協力が欠かせないと思いますが、そのあたりはいかがでしたでしょうか。

 今回のケースは、最初にモデル実験を行い、そこでうまくいったものを今度は病院の臨床で実際の患者さんで実証を行いましたが、大学の先生や看護師、臨床検査技師の方など様々な協力を得て、システマティックにすることができました。我々も全国の様々な施設で実証をやらせていただいておりますが、やはり医者と看護師、臨床検査技師がチームを組んでそこまでの実態観察までやっていただけるというのは、今までなかなかありませんでした。本当に皆さん一丸となってやっていただきましたね。そして、鳥取大学の病院には非常に高機能のX線のCT装置が入っていたのですが、この装置はスキャンにほとんど時間がかからないため4次元の解析動画を作ることができます。朝から夕方までは患者さんの診断に使っていますが、夜の8時くらいから臨床検査技師の方にダミー人形でこの装置を使って実験してもらうことにより、世界で初めてX線CTにより今まで見えなかったところを四次元で可視化することができました。この方法は特許も取っています。

加島 世界で初めての動画とは素晴らしですね。

 テレビ局も関心を持って、鳥取大学が記者発表しましたが、テレビで流してもらえるとすごく宣伝効果になります。それまでは弊社と鳥取大学との間で特許実施時のロイヤリティの交渉が難航していたのですが、研究成果の取り扱いについては交渉を先延ばしにしていました。そこに、鳥取大学発の画期的な研究成果ということでマスコミにも大々的に取り上げてもらうことにより、我々も研究開発レベルではなくて事業レベルから宣伝広告費という形で特許実施時のロイヤリティを鳥取大学にお支払いすることができるようになりました。大学にいわば宣伝マンになってもらうという感じですね。事業となったときに出せる費用は、研究開発レベルで出せる費用と比べて全然多いですからね。このように、契約交渉を先延ばしにして、研究の成果が出たら解決するからと言っていた話が実際にうまくいって解決できたケースとなりました。

加島 鳥取大学としても大きなメリットがあったのでしょうか。

 ええ。先生が発表した論文も学術的に高い評価を得られました。また、先生個人だけではなくて、鳥取大学の医学部としても産学連携で売り出した初めての商品ということで、これからの産学連携活動にはずみをつけることができたと聞いております。商品を販売したときも医学部全体を挙げてバックアップしていただきました。弊社の営業に対して新製品を説明するときにも、わざわざ鳥取大学病院の病院長まで来ていただき、うちの営業の士気も大いに上がりましたね。

加島 他の大学との産学連携による成功事例もありますでしょうか?

 東北大学とはティシューのエリエールの開発を共同で行いましたが、販売の際に「東北大学との共同研究によりなめらかさが実証されました」という宣伝文句を製品のパッケージに入れることができました。この費用は実は実質的に無償なのです。東北大学にこの話を持ちかける際に、大学の宣伝にもなりますよねと大学側のメリットも話させていただきましたら、そうですよねと実質的に無償で宣伝文句を製品のパッケージに入れることにすんなりと応じていただけました。なかなか他の大学ですとそうはいかないところが多いです。他の大学ですと、パンフレットには書かせてもらえても製品のパッケージに書くというのはハードルが高いです。そういう意味では東北大学には柔軟な対応を取っていただき、ありがたかったです。

加島 東北大学との連携のきっかけは何でしょうか?

 弊社の研究者が「摩擦」に関して課題を持っていまして、様々な摩擦の専門家の先生にアプローチしていましたが、なかなかうまく相談に乗っていただけませんでした。そこで、少し遠くなるけど範囲を広げてみましたところ、先ほどお話しました東北大学の堀切川先生に親身に相談に乗っていただくことができまして、そこからお付き合いが始まりましたね。いろいろ相談していますと、先生の方から共同研究の提案があり、我々もぜひやりましょうということになりました。なかなか課題の解決は一筋縄ではいかなかったのですが、どうしてだろうとあきらめずに、仮説が当てはまらなければ当てはまらないほどチャレンジングな面白い課題ということで、意欲を燃やしてやっていただけました。粘り強く取り組むことによって様々な成果が生まれたのですが、オープンにして特許を取った部分もありますし、ノウハウとして隠した部分もあります。そういうオープン・クローズのところもしっかりとその先生と話ができて、あとは産学連携に一生懸命にやられている先生なので知財に関する問題もツーカーで取り組むことができ、非常に協力的にやれたという、信じられないくらいにスムーズに事が運びました。

大学と企業の両方が利益を得るのは難しい

加島 逆に、差し支えない範囲で結構ですが、産学連携の失敗談についてもお聞かせいただけますでしょうか?

 ある大学との連携では、最初のプロジェクトでは上手くいって商品を出すことができましたが、その後の2つ目のプロジェクトではうまくいなかくて、現在3つ目のプロジェクトをやっているところです。2つ目のプロジェクトでは課題の壁を乗り越えることができたのですが、我々の会社ではとても扱うことができないような商品の方向性となってしまいました。課題は解決したのですが実用化が難しかったのです。先生には、「特許出願だけは行いますが、商品としては我々の会社として出すことができないので、どうしましょうか」ということで相談させていただき、テーマを変えることにしました。

加島 大学の先生としては、研究の成果を少なくとも学会等で発表することはできたのでしょうか?

 ええ。大学院生の修士論文としては使えるし、先生も共著の論文数や学会発表数が増えたので、先生のメインの研究テーマにはならなかったのですが、先生にとってみれば大きな不満はない状態にはなりました。このため、テーマを変えて次をやりましょうかという話になりましたね。

加島 なかなか大学と企業の両方が研究成果の果実を得られるのは難しいですね。

 難しいです。両方が果実を得られるというのは難しい。あと、別の例として、ある素材の開発を大学と共同でやっていまして、比較的安価な素材で他の素材と同等の性能を発揮できるということを発見し、我々としてはコストを安くすることができるというメリットがあるので先生にはもっと研究を続けてもらいたかったのですが、先生としては他の素材と同じくらいの性能しか出ないのであれば興味がないということがありました。

加島 企業からするとコストを抑えるというのは大きなメリットになりますが、大学の先生からすればそこに研究の意義を感じるのは難しいということでしょうか?

 大学の先生としては、研究対象としては、今までになかった性能とか、今までよりもレベルが一段高いものとか、そういうところがどうしても評価対象となってしまいます。企業サイドから見れば、将来的にコストが安くなったら、同じ性能が出ているのであれば十分に使えるのではないかという視点から、その素材の性能をもっと多面的に見て新たな発見をできないかと考えたのですが、メインの性能がほとんど一緒だと学術的にはなかなか研究成果としては評価されないようです。我々としては未練が残るので、もう少し共同で研究を進めたかったのですが、先生から見れば素材そのものの力がなかったらこれ以上研究を続けてもしょうがないじゃないかという話になり、残念ながらそこから先に話は進まなかったです。

加島 やはり産学連携が成功して大学と企業の両方にとっての利益となるのは簡単な話ではなさそうですね。

 ええ。今は世間でも産学連携が非常にもてはやされていますが、全てがうまくいくというのではなく、失敗するケースも多数あるかと思います。

産学連携において大学に求めること

加島 最後に、産学連携において大学に求めることをお聞かせください。

 先ほどもお話しましたように、現在は大学の産学連携本部やTLOは知財に関して十分な知識があるものの、現場の先生レベルではまだまだ不十分かと思いますので、先生方に対する知財教育をもっと充実してもらえればと思います。あと、最近感じるのは、大きな大学ですと国を挙げての大型プロジェクトを推進する傾向がありますが、もちろんそのような大型プロジェクトも大切ですが、小さな企業のニーズも掘り起こしていただいて、額は小さくても様々な共同研究に細かく目配りしていただければありがたいですね。大企業でも研究そのものは細分化された小さい部分の積み重ねですので、大型のプロジェクトだけではなく規模は小さくても日本の活力を生み出すような研究にも積極的に取り組んでいただければと思います。

加島 本日は様々な興味深いお話をお聞かせいただきありがとうございました。

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