見出し画像

【海のナンジャラホイ-31】新種は作るもので、見つけるものではありません

新種は作るもので、見つけるものではありません

 
今年の11月11日にダニの分類学と生態学の研究における大家であった青木淳一先生が亡くなられました。青木先生は400種以上のダニの新種を記載され、日本動物分類学会の会長も務められました。日本の動物分類学に大きな貢献をなさった先生のご冥福をお祈りいたします。私は、ワレカラ類の分類学と生態学の研究を行ってきましたが、新種は2種しか作っていません。同じ「青木」でも大きな違いです。私はだいぶポンコツですね。
さて、ここまでの文章の中で、私は「新種を記載され」と「新種を2種しか作っていない」という表現は使いましたが、「新種を発見され」とか「新種を2種しか見つけていない」という表現は使っていません。「新種を発見した!」という表現を目にすることがありますが、これは厳密にいうと、おかしな表現なのです。

採集調査を行なっていて、見たことのない生物を見つけたとします。それをいちばん近い分類群の過去に記載された全ての種(しゅ)の文献や標本と比較しても、同じと判断できるものがない場合、それは「未記載種」だということになります。まだ「新種」ではありません。種(しゅ)というのは、未記載種を発見した研究者が、それを学術雑誌に発表して学名を与えた時に、作られるのです(ワカメの新種としての記載については、第17回でお話ししましたね)。ですから、「調査で新種を発見した」という表現は奇妙で、「学術雑誌に新種を記載した」という表現は正しいわけです。

世界各地のいろいろな場所で、盛んに採集調査を行なっている研究者の場合、たくさんの未記載種の標本を抱え持っている場合があります。論文記載すれば新種として発表できることがわかっていても、溜まってゆく未記載種の標本数の増加速度の方が、論文を書く速度を上回ってしまう場合があるからです。そんな場合には、新種の候補が世に出されるのを待って眠っているような状態だと言えます。

未記載種の標本がどんどん溜まってゆくような状況というのは、大型の哺乳類や鳥類などでは、まず考えられません。そんな動物群では、新種が発表されたらすぐに新聞に掲載されます。しかし、ダニやワレカラのような、小さくて知名度に劣るような生き物たちでは、よほどの話題性がない限り新聞掲載されることはありません。一般的に、小さな生物ほど未記載種が発見される可能性が高く、マスコミ露出度は低くなると言ってよいでしょう。

特殊な場所でなくても、私たちの生活する場所の周辺からでも未知の種(しゅ)が見つかるような生物もあります。でも、かなり珍しい生物が目前に居ても、その種の属する生物群に関する知識がなければ、その存在すら認識できません。「知らないものは見えない」からです。では、特定の生物群の分類の専門家には、どうして未記載種を見いだすことができるのでしょうか? 一見して差異が判る場合には容易ですが、極めて似ている種同士からでも専門の研究者は未記載種の存在に気付くことができる場合が多いのです。
それは、経験に基づいて感じる「なんとなく変だな」という違和感によってだと思います。科学研究の世界においては、New to Science が常に求められます。科学の世界に新たな知見を加える発表をしなければならない。それが科学研究者の仕事です。そのために大切な要素のひとつが、直感的に感じるこの違和感なのかもしれません。

○o。○o。 このブログを書いている人
青木優和(あおきまさかず)
東北大学農学部海洋生物科学コース所属。海に潜って調査を行う研究者。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?