『春にして君を離れ』読書感想。
はじめてのアガサ・クリスティー。
こんなにおもしろいと思わなかった。
子育てを終えた主婦・ジョーンが、嫁いで行った娘が体調を崩したことを知り、それを看護するためバグダードに向かうことに。
その帰り道、偶然にも女学校時代の友人ブランチに会う。
学生時代、魅力的だった彼女の変貌ぶりに驚く彼女だったが、彼女との出会いを引き金となり、大幅に遅れた電車により広大な砂漠に読む本もなく、語る相手もいないまま、自らを内省することを余儀なくされる。
自ずと見て見ぬふりをしていた現実を突きつけられることになり、パニックに陥るジョーン。
やがて彼女が絶対開けてはならないと無意識に蓋をしていた、夫と友人との関係にまで思い至ることになる。
ミステリーではないのに、謎解き要素、どんでん返しが豊富で読んでいて飽きない。
ほとんどがジョーンの回想シーンで成り立っており、内省により目まぐるしく精神が変化していく様も面白い。
ラストはほとんどホラー。
人はそう簡単には変われない。
無意識に楽な方に転がってしまう。
「プアリトルジョーン」
何度も口される、ジョーンの夫・ロドニーの口癖が虚しく響き渡る。
傷つきたくないという臆病さゆえに自分だけのおままごとの世界を頑なに守ろうとし、他人の心を知ることなく48歳まできてしまったジョーンに対する憐れみのロンド。
私も臆病なタチなので、ジョーンの気持ちはよくわかる。他人とまともに関わり合うことの苦しみも。
ジョーンと対照的な人物として、ロドニーが恋心を抱くレスリーという女性が登場する。
旦那の汚職により住む場所を追われながらも清く美しく生きる逞しい女性で、人生に立ち向かう勇気ある姿がロドニーの心に火を灯すこととなる。
臆病と勇気が相対する様はギリシャ神話のような壮大ささえ感じられる。
物語が何通りにも楽しめる仕組みが素晴らしい。
本棚行き決定の名著です。
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