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傘と包帯 第九集

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詩を書いてもらいました。目次からどうぞ。
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目次

2021.08 021+1 ೫ Profile 序文 星座づくり / 早乙女まぶた 白紙の夏 / 白神つや とある国にて / 橋木正午 ゾエア、メガロパ / ひのはらみめい 何もない / さがみどり @swiso99 / 水槽 陸、わたしの弟 / カジノマユ 幻影 / 清水優輝 Prelude:01 / 間富 青葉の繁るその木々に / 岩倉文也 おおきな / ohuton 13:18 / うなぎ lab / 末埼鳩 ヴュゥー / 煩先生 てのひら

序文 星座づくり

<記憶、すなわち時間の番人は、ただ瞬間をしか警戒しない。持続がすなわちそれであるところの複雑で人為的なわれわれの感情に関しては、記憶は何ものをも——絶対に何ものをも——保持しはしないのである。>* 思い出は瞬間を繋いでできた星座だ。 ぼくたちは、ばらばらの瞬間をひとつの絵として眺めている。 思い出はどこかに保管されているわけではない。あらゆる出来事をだれかが管理しているということはないだろう。出来事を正確に認識したという保証もないのだから、その思い出はもしかしたら錯誤だっ

白紙の夏 / 白神つや

白紙の夏へ 振り返ったはずの影が どの末路へも染みをつくらなかったこと わたしを白紙へ明記するもの、 あるいは それは熱に浮かされて蒸発した なにも書くものなど、 そして描かれるものなど。 隔絶を拒否されたわたし未満と 目前、わたしたるものの 開かれる 未知以前までを私事として、 白紙の夏へ 夏、ゆけ 一つとして知らない夏 塗れたわたしを置き去り、 夏がゆく 夏がゆく

とある国にて / 橋木正午

オープニングが決まっていた 手の大きさが決まっていた ドレッシングが決まっていた はい と いいえ どちらもまだなんとか生きていた 「信念などあるか!」と はい 「命なければ、なにが残る?」と いいえ どちらもサンキャッチャーのなかに隠れ ハウスダストになって逃げてしまった それを吸い込んだ子供たちはひどい咳をして そのうち、全員同じ名前で呼ばれた 「元の名前はお墓につけましょうね」優しい女が言った 「さぁ、お外で遊ぼう。天気が良いよ」優しい男が言った 子供たちはまたひ

ゾエア、メガロパ / ひのはらみめい

目の中で溺れる魚と泳ぐ なかなか救えないよく逃げるから ピンクのブヨブヨに閉じ込められて ますます目から出られなくなるのに 出ておいで、諦めて捕まりな 今日は泣いちゃいけない日だから 涙は全部吐いてしまったの 何も出てこない胃液と共に ふわふわをかかえてそっと浸す こどもアザラシの沐浴 はじめてお水に浸かったの 遠い国から運ばれてくる浴槽、 ワインで満たされたタライのなかに 白いふわふわが沈んでいく 物を知らぬ顔がおもむろに 愉快だって知ったのいくら濡れてもいい 抱きしめら

何もない / さがみどり

僕が棒立ちする駅を通り過ぎる 回送電車みたいな無関心さで 空が青い どこかへ歩いていても  どこにも向かってはいない      樹海に生命を感じないように  無機質を着做す家々 高層ビルの間の墓場は 名付けを免れた花 偏在する未解釈 雨粒を弾くプラスチックみたいに 意味に濡れることなく 藍色を患った それそのものに触れるため 否定の原液が コンクリートを伝い落ちて 滴る音だけが都市に鳴る     僕はそれを聴くために 祝福の圏外で 凪へと自閉する 何もない 旋回するムクド

@swiso99 / 水槽

僕の部屋に 水の入っていない水槽がある いまもそれを水槽と呼ぶのか ぼくにはわからないけど 一匹の、 みたこともない魚の死骸がその中にある きらきらしているというか てらてらしているというか ここにあったのは静かな淡水だが。 青や翠のインクに染められたような そいつのからだだけ 硝子の上でねている 動かないそいつを見ていると とても退屈で 秒針だけがよくきこえる あくびしようとして ふいに 赤い目玉がこちらを向いたとき ぼくは口は開けたまま 息をし忘れていた 冒頭、ぼく

陸、わたしの弟 / カジノマユ

髪は水にとかれて藻のやうに散り/おまへの蒼白い身体の上を/濁つた波が次ぎつぎに砕けていつた。/ーー伊藤整 縋りたい真夜中に病が発生し 傷が力の及ばない領域まで 逃走を試みるが 感受性を武器にはしないから わたしのまなこの光が侵蝕されていくのを カーテンで塞いで、早朝を見過す 遠い摩天楼にゆめを託してる 最初から記憶を冷凍しても 解凍したら汚れた水でしょ? 淡くはないでしょ、儚くもないでしょ 過去は否応なく改竄されるのだから 思考回路が邪魔をして漣が呼んでる いちど聞いてみ

幻影 / 清水優輝

部屋に入ると、絵画に見間違うほどの鮮やかな風景が私たちを迎え入れた。 風が通り過ぎるたびに揺れる水面は、魂をどこまでも遠くへ運ぶようであった。 行ってみたい場所があるのと妻に言われ、数十年が経った。 湖は彼女の想像を裏切らなかっただろうか。私は彼女の手に久し振りに触れる。 角部屋の南側と西側に開かれた全面窓はまさに生きたキャンバスだった。 古代の火山活動により生み出された緑豊かな山々を背景に 広大で穏やかな湖が描かれる。天は澄み渡り、時間とともに色が移り変わる。 窓際に

Prelude:01 / 間富

知らぬ子の頬、むきたての桃のよう 明日のお空は晴れるといいね さめざめと道行くひとの肩幅が広くてとても通れやしない 海ばかり眺めていたら身体中塩気にまみれてしょっぱくなるぞ さよならが言えなかったねあの頃はぼくも宇宙人だったもんでさ 人の殻借りた神様が居るのなら街で会っても知らぬが仏 家の戸に卵を産みつけゆく虫を殺すこの手が抱く子をおもう ぼくの目が黒いうちにさあ行きなさい 10数えたら見つけにいくぞ

青葉の繁るその木々に / 岩倉文也

捻じれたままの記憶が ねじれたままの ぼくを流れている川のように 夜のあたたかな風が ぼくを包むぼくの耳朶を  なつかしいと告げるよりも 愛していたと告げたかった ひとつひとつ ぼくは変わりゆく足跡のように また夏になって 長い間 会うことはできなくて それは永遠にほど 近い渚 なぎさから帰ってくる のは谺 言霊のように鳥が 飛んでくるきっと夕陽が 沈むころには ぼくが真剣に生きようとする 孤独な こどくな戦いをたたかっている時 波がひろがる なみがふくらむ 波 なみだがこぼ

おおきな / ohuton

握手するたび君と僕は小さく摩耗する 摩耗して 摩耗して 摩耗して ついにからだがなくなってしまうとき それを、傲慢にも、永遠と名付けてしまおう

13:18 / うなぎ

私は知らなかった 世界がつねに 蠢いていることを 私は知らなかった 人は死ぬとき 熟した果実のような あまい香りがすることを 片足立ちをやめたフラミンゴ 前にむかって走るカニ 22時間ねむるキリン 私は知らなかった 私の心臓が脈打つことを 私のからだに流れる血潮を 私が残した足あとを

lab / 末埼鳩

鉄の柵や深い堀で隔てられた私と見知らぬ動物たち ヤギとヒツジがいつまでも顎を左右に動かしている あの横長の瞳孔が何も映して無いようなのは ここに天敵がいないから 肉食獣が檻の中を意味もなくうろついている オオカミの毛がぼさぼさでみすぼらしいのは 意地悪なカラスにむしられるから お客のいない動物園を 仕立ての良い服を着たサルが案内してくれる キリンの紫色のベロ 透明な唾液 ゾウガメの交尾は延々と続く ニシキヘビを腕に巻けばひんやりとして ガラス越しのコウモリは指をぺろぺろ舐めてくる ベンチに座ってソフトクリームを食べながら私は言う 「仲間はずれにされているような気がしてきました」 ヒトはどうして毛皮を脱いだのだろう こんなにも脳を肥大化させて 母親をひどく苦しめてまで 夏の盛りの動物園は獣のにおいが鼻につく ソフトクリームは溶け出して 腕を伝い、肘の先から熱い地面に落ちてゆく 白くて四角い建物に入ると冷房が効いていた 『汚れた手をきれいに洗おう』 甘いクリームで汚れた手を 『手のひらの細菌を見てみよう』 顕微鏡で見る不思議なかたち 「ピントを合わせるのがとても上手ですね」 あなたの指はどうしてそんなに繊細な動きをするの 毛むくじゃらの細い指と白くて肉付きの良い指を 見比べていたら時間になった 真っ赤なオウムが飛んできて私にお知らせしてくれる 『閉園まであと10分です』 『閉園まであと10分です』 「それでは、さようなら」 遠ざかる私の背中をサルが見ている 真っ黒なビー玉みたいな目で見ている 私は振り返ることなく建物を出て 夕暮れの動物園を後にする ここが何のために存在するのか私は知らない お客のいない動物園は 私が出ていくと音もなく、ひとりでに、門を閉じた