『世界は「関係」でできている 美しくも過激な量子論』感想

始めに

量子力学というのは不思議と魅力のあるもので、本物の物理学者も私みたいな素人のポピュラーサイエンス好きにも興味がある分野ですが、どうしても難解です。正直ちゃんと数学、物理を勉強した人でないと式が理解できないところにあります。わかりやすく説明しようとして、別のものになっているのを説明しているほんとか多々あります。とくにシュレディンガー方程式を見ると頭が痛くなりますよね。正直、観測問題とか量子もつれとか普通の人が議論するには、前提が足りなさすぎます。

ほかの量子論の本よりお勧めする理由

そんなことをするりとすり抜けて量子力学を説明したのが本書です。量子力学とは観察者とものやものとものの関係という新しい解釈の紹介をしているのですが、古典的なコペンハーゲン解釈、エヴェレットの多世界解釈、ボームの解釈いろいろ量子力学の解釈はありますが、本書で紹介している新しい解釈はかなりわかりやすいです。堀田 昌寛さんがちょっと前に精力的に紹介していた(る)現代的なコペンハーゲン解釈と同じなのか近い解釈です。
本書はとくに勘違いしそうな下りがないのもいい。ポピュラーサイエンスにありがちな親しみやすい例を出して、それが量子論のこういう応用で解明した現象です、みたいな流れではなく、どちらかというと量子力学の発展の立役者の一人はハイゼンベルグに注目して、彼が研究を進めるのを追っかけるように量子力学の説明が進むのがとても分かりやすい。常々もうちょっと学者のほうに興味をもってほしいと思っていたので、とても私が欲しかった感じの本でもあります。というかほとんどの本がシュレディンガーの波動方程式が量子力学の式みたいに取り扱って、ハイゼンベルグの行列力学を注目している本が少なすぎます。そのせいで私も最近まで行列力学ってどういう立ち位置に物理のジャンルかわかんなかったです。量子力学の黎明期?の物理学者の論争まで含めて量子力学は楽しめるところが多いのですが、その一端を紹介できているのもいいです。また量子力学の説明とちょっと違うが、むしろ最近ではオカルトや怪しい代替医療の説明で使われるが多いことへの嘆きと、そういったものへの警鐘まであります。ただ竜樹の唯識の解釈とかやっぱり作者はヨーロッパの方だなとおもわせられてちょっと複雑な気持ちになります。一番簡単に唯識とかあのあたりの仏教の神髄を表しているのは、般若心経でしょうが、あれはあまりにも短く本質を突きすぎてディテールがわからないのが難点ですね。あまり竜樹とかの大乗系の知識がない方は本書を読んだ後〈空〉の思想とかほかの専門的な本を読んで補完したほうがいいかもです。

個人的にこれも読んでおくといいかも

『137』という本を先に途中まででもいいから読んでおくのもいいかもです。正直『137』自体は結構まとまりがなくて読みにくいうえ、量子力学ファンには興味が薄いもしくはないジャンルの心理学の大御所ユングの話が結構な紙片を割いて説明してあるので、あまり『世界は「関係」でできている 美しくも過激な量子論』の感想で出すのは不適当なのですが、私みたいなポピュラーサイエンス好きなだけの人間がパウリについて知って量子力学に触れるのと知らなくて触れるのでは、パウリに対する印象がだいぶ変わります。パウリというのはパウリの排他原理で有名な方ですが、正直物理の専門書とか読んでもパウリがどうやって排他原理を思いついたのか、パウリがどんな研究をしていたのかわからないんです。そこで『137』です。『137』はパウリとユングの往復書簡が元ネタだと思われますが、そこで語られたことをやりたいためにまずパウリの小伝とユングの小伝をやって二人の交流を描こうとしてます。まあ結局途中でケプラーとか出してとっ散らかってしまいますが。。パウリの生涯について描いてある本は少なくて、私は正直これくらいしか知りませんが、ハイゼンブルグとパウリの関係、パウリとボーアの関係、パウリとアインシュタインの関係が詳細ではないが、見れるのはとてもよかったです。

こんなことを言うと不謹慎で失礼ですが

BLとか好きな方が本書と『137』を読んだらハイゼンベルグ×シュレディンガーとかパウリ×ハイゼンベルグ、ボーア×ハイゼンベルグとか同人誌を書いてもおかしくないなと思ってしまうのはオタクの性でしょうか。ハイゼンベルグって先に量子力学の理論を作っているから、シュレディンガーより年上のイメージが結構な割合でいると思います。私もそうでした。しかしシュレディンガーがナイスミドルで、ハイゼンベルグが天才で粋がった感じの若者なんですよね。行列力学と波動力学の対比的にも逆に見えるのが、いろいところですよね。ハイゼンベルグ×シュレディンガーと書きましたが、結構的を射ていて、シュレディンガー方程式を中心とした波動力学を発表したシュレディンガーがボーア配下の粋がっている若造ども(シュレディンガーにはそう見えたに違いない)に一発食らわせるために発表したのがあの有名なシュレディンガーの猫ですが、結局自分の方程式にもオブザーバルがあり、観測問題が出てくるという始末で若造どもから手痛いしっぺ返しを食らうのです。そうしてシュレディンガーは生物学に方向転換するという流れが最高に物語的過ぎて、事実は小説よりも、、の典型例ですよね。
ぜひ多くの人にしってほしい歴史です。まあそこで負のエントロピーという考え方を導入して生物が同一性を保つ仕組みを説明したのはさすがですが。。

まとめ

似非科学に騙される前にすべの人にこの本をよんでほしいです。


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