見出し画像

これから増える冬季うつ病を知る

三島和夫の「知って得する睡眠臨床」

連載をフォロー
第26回
これから増える冬季うつ病を知る、その1
2023/11/30
三島 和夫(秋田大学精神科学講座)
精神・神経
過眠
セロトニン
冬季うつ病
印刷

 食事、運動と並び、健康を支える3大要素の1つである睡眠。「しっかり眠れば、病気も治りやすい」ことは、多くの医師が体験していると思います。本講座では、医療現場で遭遇する患者さんの睡眠問題をどう診立て、いかに対処するかを紹介していきます。

 秋も深まり朝夕が暗く、日が短くなってきました。日照時間が短くなる秋冬にのみ発症する、いわゆる「冬季うつ病」は、調子が悪くなると睡眠時間が長くなる、眠気が強くなる、食欲が亢進して体重が増えるなど、一般的なうつ病とは異なる症状が特徴的です。うつ病という疾患が、多くの異種を包含していることを改めて示す好例でしょう。

 今回は、今頃(秋・初冬)から増加する冬季うつ病を取り上げます。本コラムのテーマである睡眠障害ではありませんが、過眠症状や睡眠時間の延長が治療効果に深く関連します。

 冬季うつ病は、別名、季節性感情障害(Seasonal Affective Disorder; 以下SAD)とも呼ばれ、1984年に米国国立精神衛生研究所の研究者らにより疾患概念が提唱された、比較的新しいうつ病の一型で1)、DSM-5では「うつ病、季節性のパターンを伴う」と分類されています。SADの最大の特徴は、連続年にわたって秋冬季(10月〜12月)にうつ症状を発症し、春(3月〜4月)になると自然寛解することです。典型的なSADは若い女性に多く、意欲減退、疲れやすさ、社会的引きこもりなどの制止症状が主で、強い抑うつ気分や不安焦燥感は目立ちません。逆に、夏季には軽躁もしくは躁病エピソードが認められることがあります。つまり、うつ病(単極性うつ病)ではなく、双極症(双極症II型)のケースが多いことが知られています。

 一般的なうつ病では、その発症や再燃時には何らかの心理ストレスがトリガーとして存在することが多いのですが、SADは心因ではなく、日照時間の短縮という環境因で気分が悪化するという特徴があります。また、一般的なうつ病とは異なり、食欲増加、特に炭水化物飢餓(糖分飢餓)が強くなることが多く、実際に秋冬季に体重が3〜5kg、もしくはそれ以上増加します。また、うつ病では9割以上の患者が不眠を経験するのに対して、SAD患者では過眠や長時間睡眠が目立つのも大きな特徴です。

図1 70歳代男性のSAD経過表

 70歳代男性患者の典型的なケースをご紹介しましょう(図1)。この患者は秋田市在住の方です。15歳で発症以来、毎年秋になると易疲労感、立ちくらみなどを前駆症状として、抑うつ気分、意欲減退、過眠を特徴とするうつ状態に陥っていました。うつ症状は翌年の1月〜3月頃に自然に軽快し、夏季には軽躁エピソードが認められることもありました。経験的に、日光浴でうつ症状が軽快することから、自己治療によってうつ病期間が徐々に短縮していました。

 後で述べるように、SADは日照時間が短い地域で頻発するため、有病率は調査地域の緯度によって大きく異なります。例えば、緯度の高いカナダで行われたインタビュー調査では、SADの生涯有病率は2.9%と非常に高率であったそうです。

 日本でも調査が行われています。季節に伴う気分や行動、食欲、睡眠の変化を評価する尺度である、Seasonal Pattern Assessment Questionnaire(SPAQ)を用いた調査では、日本人の約2%が大きな季節変動を経験しており、いずれも高緯度地域ほど、その割合が高いことが明らかになっています2)。SPAQによる高得点者は、必ずしもSAD患者であるとは限りませんが、季節に伴う気分、睡眠、摂食の変動に悩む人々が少なからず存在することを示唆しています。ちなみに、先の患者さんが住んでいる秋田市は、県庁所在地の中で最も日照時間が短く、SADの有病率が非常に高いという結果が出ています。

 SADに特徴的な非定型うつ症状は、全例で認められるわけではありませんが、その病態生理に密接に関連しています。実際、炭水化物飢餓や過眠症状のある患者ほど、本症に対し非常にユニークな治療法である、高照度光療法の有効性が高いことが明らかになっています。高照度光療法とは、数千ルクスの高照度光で網膜のメラノプシン含有細胞を刺激する物理療法です。つまり、「日照時間」「炭水化物」「過眠」「光療法」というキーワードが、SADの発症機序に深く関わっているわけです。うつ病の病態に、セロトニン神経機能の異常が関与していることは広く知られていますが、その中でもSADで特徴的な過眠・過食症状は、最も顕著かつ直接的にセロトニン神経機能の異常を反映しているといえるでしょう。

 一般人でも、冬季に睡眠時間の延長や食欲・体重増加が認められます。その背景に、脳内セロトニン代謝率やセロトニントランスポーター活動の低下が関わっていることが明らかにされています3、4)。SADは、その特性が病的に強まった状態と考えられています。すなわち、日照時間の短縮が誘因となって脳内セロトニン機能異常が生じ、セロトニン不足を補うために過食が生じるのです。特に、SAD患者でみられる炭水化物飢餓は、脳内セロトニン神経機能の低下を補償しようとする、一種のself-medicationとしての意味合いを持つようです。炭水化物を摂取すると、血糖値の上昇、インスリンの分泌亢進、血中アミノ酸バランスの変化が生じ、セロトニンの基質となるトリプトファンの脳内移行率が増大することが明らかになっています5、6)。

 実際、SAD患者に糖質リッチな食事を摂らせると、高蛋白食摂取時と比較して活力と多幸感が強まる一方、トリプトファン摂取制限により、うつ症状の再燃が認められたとの報告があります。例えば、高照度光療法により寛解中のSAD患者に、トリプトファン欠乏食を摂らせると、24時間以内に血中トリプトファン濃度の低下と並行して、うつ症状が再燃します7)。食行動がうつ症状にダイレクトに影響するとは、非常にユニークですよね。

 SADがうつ病研究者に与えたインパクトは、かなり大きいものでした。なぜなら「うつ病は1つの病気ではない」という、精神科医であれば皆が確信している“事実”の好例だったからです。気分や睡眠、食欲などのうつ症状は、「発熱」「疼痛」と同じで非特異的な症状であり、あらゆる精神疾患で認められます。それらだけで診断を付けるのは「発熱」だけで肺炎や腎盂腎炎、膠原病を鑑別しようとするようなものです。

 現在の診断基準では、これら非特異的症状の有無と持続期間を数え上げ、他の精神疾患を除外して診断を付けています。当然ながらその中には、SADのように脳内セロトニン機能異常を色濃く反映したものもあれば、ほとんど無関係なもの、全く別の機序による多数の“うつ症候群”も含まれるでしょう。このような、診断基準のあいまいさに起因するうつ病の異種性が、うつ病患者への抗うつ薬の奏効率が頭打ちになっている原因の1つです。SADの発見は、この問題に関して一石を投じました。

 なぜ、SADで過眠が生じるのかなど、その病態や治療については、次回、詳しく解説します。また、ご興味のある方は、筆書のWebナショジオのコラムもご覧ください。

まとめ
・冬季うつ病は日照時間の短縮による発症する

・冬季うつ病の過眠、糖質飢餓は病態メカニズムに深く関わっている

・冬季うつ病はうつ病の異種性を表す好例である

【参考文献】
1)Rosenthal NE, Sack DA, Gillin JC, Lewy AJ, Goodwin FK, Davenport Y, Mueller PS, Newsome DA, Wehr TA. Seasonal affective disorder. A description of the syndrome and preliminary findings with light therapy. Arch Gen Psychiatry. 1984;41:72-80.
2)Okawa M, Shirakawa S, Uchiyama M, Oguri M, Kohsaka M, Mishima K, Sakamoto K, Inoue H, Kamei K, Takahashi K. Seasonal variation of mood and behaviour in a healthy middle-aged population in Japan. Acta Psychiatr Scand. 1996;94:211-6.
3)Lambert GW, Reid C, Kaye DM, Jennings GL, Esler MD. Effect of sunlight and season on serotonin turnover in the brain. Lancet. 2002;360:1840-2.
4)Praschak-Rieder N, Willeit M, Wilson AA, Houle S, Meyer JH. Seasonal variation in human brain serotonin transporter binding. Arch Gen Psychiatry. 2008;65:1072-8.
5)Fernstrom JD, Wurtman RJ. Brain serotonin content: increase following ingestion of carbohydrate diet. Science. 1971;174:1023-5.
6)Fernstrom JD, Wurtman RJ. Brain serotonin content: physiological regulation by plasma neutral amino acids. Science. 1972;178:414-6.
7)Lam RW, Bowering TA, Tam EM, Grewal A, Yatham LN, Shiah IS, Zis AP. Effects of rapid tryptophan depletion in patients with seasonal affective disorder in natural summer remission. Psychol Med. 2000;30:79-87.

Webナショジオのコラム
・もっと光を! 冬の日照不足とうつの深~い関係
・もっとバナナ を! 冬季うつの自己治療
・光は「いつ浴びるか」より「浴びた量」 冬季うつのメカニズム

この記事が参加している募集

わたしの筆箱紹介

2000年富山国体少年男子メディカルトレーナー 2001年富山県立氷見高等学校男子ハンドボールメディカルトレーナー 2021年ハンドボール日本代表チームにメディカルトレーナーとして合宿に参加 2023年富山ドリームススタッフ