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ぼくとフリオと諸星大二郎と校庭で

諸星大二郎もろほしだいじろうの作品はいわゆるホラーとか民俗学とか伝奇とかに分類されることが多く、宮﨑駿や庵野秀明をはじめとする多くの創作者に影響を与えたって逸話もあり、作品の評価はすごく高い。むかしNHK・BS2でやってた『BSマンガ夜話』で取り上げられてたこともあるし、本屋をうろうろしていると『ユリイカ』とか『文藝別冊』あたりの雑誌で特集を組まれているのを見かけたりもする。でもたぶんこの作者の作品を適当に読み始めてもいったい何がそんなにすごいのか、いったい何がそんなに面白いのか、よくわからなくて読み進めることを困難に感じる人も多いんじゃないかと思う。不安定な線にこそ魅力があると言われても、パッと見では「もっと絵が上手い人いるじゃーん」と思われそうなもんだし、作品によっては一ページ単位の台詞量が異様に多いものもあり、読みにくさを覚える可能性が高い。

でも私はなんでかこの人の漫画が好きで好きでたまらないのだ。というより、すごく”合う”ものがあるというか。一時期は諸星大二郎の漫画しか読んでなかったこともあるくらいで、自分でもよくわからないくらいハマっていた。私にとって特別な漫画家のひとりであり、他のどんな漫画家にも真似することが出来ない諸星大二郎作品の魅力、もっと言えば魔力みたいなものが彼の作品には一ページ単位でぎゅうぎゅうに詰まっている。共感してほしい、というよりも自分自身なぜ彼の作品に魅力を感じてしまうのか、それがわからないからこそ、作品紹介することでその片鱗を知ることが出来るんじゃないかと思いこんな文章を書き始めた。

というわけで、私が好きな諸星大二郎作品を紹介してみよう。一応手に取りやすそうな作品からあげています。


『諸星大二郎自選短編集 汝、神になれ 鬼になれ』
『諸星大二郎自選短編集 彼方より』

作品が多すぎてどれから読めばいいのかわかんなーい、という方にはとりあえずこれをお薦めしたい。タイトルにある通り作者による自選短編集となっており、「生命の木」や「生物都市」など映像化された作品、エヴァンゲリオンに影響を与えたとされる作品も収録しており、ジャンルは民俗学、歴史、オカルト、SFとバラエティ豊富。軽いオカルト話から異世界の物語まで取りそろえているので何かしら好きな作品が見つかるはず。見つかればいいなあ。個人的には『彼方より』収録の「カオカオ様が通る」がお気に入り。私は友人にまずこの短編集を貸して布教に成功した。


『あもくん』

小学生の男の子を主人公にした日常系短編ホラー。ふとした瞬間に「すぐ側にある怪異」に遭遇し、異界と戯れる。あもくんのまわりで起こるそんな不思議でゾクゾクするお話が連作の形で語られます。身近な場所、よく見かける人々、すぐそばにある暗闇。私たちが気にも留めず通り過ぎている、しかし無意識化で「近寄りたくないな」「あれなんだったんだろう」「なんか怖いな」と、そんな風に感じている”不安”を、時にコミカルに、時に救いようのない闇として形にした作品。これはねえ、恐くて読みやすくてとても良い漫画なんです。


『スノウホワイト グリムのような物語』

「白雪姫」や「七匹の子やぎ」など日本人にも馴染みのあるグリム童話を諸星大二郎がアレンジした短編集。そもそもの原作が結構残酷で恐い話が多いのだけど、さらにそこへ諸星大二郎の奇妙で独特なコミカルさを加味することで不思議でブラックな笑いに満ちた世界が出来上がってます。だいたいどの話もグロテスクでバイオレンスな改変が加わってるけれど、なぜか痛々しさや嫌な気分に(ほとんど)ならないのが不思議。小さいお子さんがいる方は夜寝かしつける際読み聞かせてあげましょう。


『栞と紙魚子』

不思議なことがあちこちで発生する「胃の頭町」を舞台に、女子高生二人が怪異に立ち向かい、てんやわんやのお祭り騒ぎが繰り広げられるホラーコメディ。いやコメディホラー? 日本やクトゥルフ神話の妖怪・モンスターが現実世界に呼び寄せられ、夢と現実の境界は限りなく薄くなりながら「栞」と「紙魚子」に迫ってくる。毎回かなり危険な目に遭ってるはずなのに、二人の女子高生はどこか浮世離れした感覚を持っていて、その感覚のズレみたいなものが独特のノリに繋がっています。お世辞にもかわいいと言える妖怪は出てこないし、危なく恐いやつばかりなのに、なぜか愛らしくかんじてしまう異色の漫画。テケリ・リ!テケリ・リ!


『妖怪ハンター』

おそらく諸星大二郎の作品群の中では特に有名な作品で、名前くらいは聞いたことがある人もいるだろう。一応主人公は稗田礼二郎という考古学者なのだが、彼が積極的に何かを解決するというよりかは、日本を舞台とした怪異譚を語り、そこにたまたま稗田が関わっていた程度の扱いで、タイトルに「ハンター」なんて属性が付与されているけれど、その実、百物語を読んでいる感覚に近い。ゲーム『SIREN』の元ネタ(のひとつ)にあたるお話があったり、日本神話や七福神を題材にした作品もあり楽しいです。『宗像教授伝奇考』が好きな人ならこの作品もハマるはず(そもそも宗像教授を読んでる人自体あんまおらんやろ)。


『マッドメン』

パプアニューギニアの原始宗教をモチーフに、呪術やカーゴ・カルトを絡め、さらには日本神話、旧約聖書のノアまで交えた壮大な物語。これは諸星大二郎にしか描けない世界であり、作者の幅広い興味範囲が美しく溶け合い、知的かつエンタメ性も高い作品に仕上がっている。文化人類学や比較宗教学、文明論等の知見も取り入れられておりまあ面白いです。てかいま調べたらだいぶ値段が高騰していますね……。


『暗黒神話』

元々は1976年に「週刊少年ジャンプ」で連載されていた作品で、2015年に大幅な加筆修正をされて完全版が発売された諸星大二郎本人にとっても重要な位置にくるであろう作品。古代日本の各神話をモチーフに仏教や呪術、オカルトやSF要素を取り入れて、一冊にまとめる力量。主人公が最後にたどり着く場所や、終わり方から感じる切実な何か。諸星大二郎の作品はどれも好きだけど、どれかひとつ選べと言われたら、たぶん私はこれを選ぶ。下記リンク先の「完全版」は旧版に比べると各地の旅要素が増えており、より主人公がたどる「宿命」の重みが強くなってる気がします。ってこれも値上がりしてんじゃん。


『諸怪志異』

中国の伝奇を題材にした連作短編集。どこからが作者の創作で、どこまで元ネタがあるのかわからないが、そんな状態でも十分楽しめる。えぐみと格式、馬鹿馬鹿しさが味わえてとっても素敵な異界旅行となるでしょう。魑魅魍魎が禍々しく、活き活きと跋扈し、仙人だったり怪物だったり怪しい世界が広がってます。諸星大二郎の作画はこの世界観と相性バッチリで、容易に「あっち側」に連れて行かれちゃうこと請け合い。一番好きなのは阿鬼編かな。『あもくん』に近い楽しさがあってこれがまたいーのだ。そしてこれも価格高騰中。うへえ。


『西遊妖猿伝』

諸星大二郎のライフワークに位置する作品。唐時代の中国を舞台に少年・孫悟空は玄奘たちと一緒に天竺を目指す。作者の作品の中では特にアクション要素の多く、ストーリーものとしての側面も強い。『西遊記』を題材にしていることもあり、妖怪が出てきたり妖術を使ったりとエンタメ性抜群。とにかく面白いんだけど結構長いんだよなこれ。いまだに完結してないし。長期連載のため、初期と現在では絵柄が異なっており、雰囲気も後期になるにつれマイルドになってるのが特徴。あとトラブルメーカーの八戒はいい加減にしろ。


というわけで、なるたけ諸星大二郎を読んだことのない人にもおすすめしやすい作品をピックアップしてみました。人の心にある「夢」や「無意識」をこんな風に絵として、漫画として描ける人はそうそういないと思うし、ストーリーテリングの上手さや、幅広い知識を作品に活かす技が合わさって、唯一無二の世界が出来上がっており、魅せられます。
諸星大二郎の絵にある「ゆらぎ」みたいなものは、彼の描く物語、そして夢そのものの曖昧さと不安定な美しさのようにも感じ、そんなところに私は惹かれてしまいます。
だからそういうものに興味がない人や、波長が合わない人はおそらくどの作品を読んでも面白く感じないんじゃないかと思う。もしかしたらそれは若い頃の方が伝わるものかもしれないし、年を取ったあとの方が理解できるものかもしれない。ノイズだらけの世界の中で彼の描く不安の立像はある意味で桃源郷のようなまろやかさと、悪夢のような不気味さを放ち、私の心に深く深く浸透してくるのです。
さて、次は諸星大二郎作品に出てくる好きな変態ベスト5でもやるか(いらんいらん)。


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