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【小説】神社の娘(第30話 君のおかげだ-バケモノ対策課、ヒグマ退治休日出勤編)

 東北地区の山に、まばゆく青白い閃光がとどろく。
 「橘平君のおかげだ」
 葵が穏やかな笑顔を向けた。

 土曜の朝9時。橘平は父親の職場、村役場の玄関前に来ていた。

 村役場に入ったことなど一度もない。橘平の記憶ではそうだ。もしかしたら小さいころ、母に連れられてきたことはあるかもしれないが、覚えていない。だから、物心ついてから数えれば始めてだ。外観は相変わらず古めかしい。

 営業時間外の役場の玄関前で10分ほどぼーっとしていると、見慣れたピンクの軽自動車がやってきた。

 駐車場に止めるや、向日葵は元気よく走ってきて、橘平を勢いよくぎゅーっと抱きしめた。

「おはよー!!」
「おおおおおはようございます。いてて、怪力怪力」
「おっとごめん。はい抱きしめ直し~」

 かわいいね~と向日葵が橘平をわしゃわしゃしていると、後ろから葵がすっと現れた。早く入るぞ、とさっさと役場の中へ入っていった。当たり前だが誰もいない、静かな空間だった。

 土日でも高確率でバケモノは出るとのことで、朝から二人とも上はベージュ下は紺色の作業服を着ている。向日葵は金髪をトップでお団子にまとめていた。

 橘平も汚れていい服装を持ってくるよう言われ、中学時代の小豆色のジャージを持参、それに着替えた。

「なっつかしー!私も着てたやつじゃーん」
「そのころから金髪っすか?」
「なわけないでしょ!黒だよ!真面目だから金にしたのは高校生から!」

 それって真面目か?と突っ込みたくなったが我慢した。ほらこれよ、と向日葵はスマホのアルバムを見せてくれた。

 真っ黒でぎゅっとした三つ編みの少女が写っている。

 別人だった。誰だ。髪を下ろしている写真もあった。橘平は黒髪ロングの方が似合うと思ったが胸の内にしまった。金髪だからこそ、今の向日葵なのだ。写真の少女は人生がつまらなそうだったから。

 早速、課の電話が鳴った。相手は今日の感知当番、課長の父親だった。

 3人は公用車の白い乗用車に乗り、現場へ直行した。運転は葵だ。二人は後ろに乗り、向日葵は橘平に、手のひらにお守りを描いてもらった。

 橘平はお守りの効果について、桜から先日の電話で聞いていた。「すごいすごい!」と興奮しながら教えてくれたが、本当にそんなことが?とまだ半信半疑ではある。が、今日はその効果を自分の目で見られるかもしれない絶好の機会。

 これに効果があるというなら、悪神と対峙した時も、みなの役に立てるかもしれない。葵にも車を降りたら書くことになった。

「そうそう、きっちゃん、躰道来てくれてるけどさ、結構筋いいじゃん」
「そっすか?やった。武道って、すごく役に立ちそうな気がします。自分の身は自分で守って、さらに桜さんも守るために」
「結局始めたのか」
「はい。あ、桜さんから聞いたんすけど、葵さんもやってるって」
「基本は剣術の方だけど、そっちも行けるときに」

 木刀もかっこよかったが、体術の方もみてみたい。ちょっとしたおねだり心もありつつ、聞いてみた。

「じゃあ、通ってれば、いつか葵さんも稽古来ますか?」
「たぶん」
「え、じゃあ向日葵さんと試合する!?見たいっす!!」

 これには向日葵が爆笑し始めた。

「いいね、しようしよう。葵くーん、今度私と試合ね。他の男の人たち、だーれも勝てなかったでしょ?アオにも圧勝するから見てて~」
「あれ、前互角って」
「ワタシのほーが強いっていったでしょ。素手じゃあ勝てないよ」
「互角だよ互角」

 どーだか、と向日葵が鼻を鳴らすと、ちょうど現場に着いた。車から降りると、橘平は早々に葵の手のひらにお守りを書く。ありがとう、と葵は礼をいい、メガネを取り、ケースから日本刀を取り出した。

 そういえば、なんで日本刀を持つときメガネを取るのだろうか。橘平は歩き出した二人の後ろから質問した。

「なんつーか、俺は人より有術の火力が強いんだな。自分でも調整はできるけど、その調整に気を使って疲れるから特殊なメガネで普段は抑えてるんだよ。調整しないと、例えば食事中に箸が口に入っただけで血が出たり。有術を使えないほど疲れれば調整しなくてもいいけど。今は思い切り使わなきゃいけないから、調整する必要無しってこと」

 付け加えると、このメガネには相手を静止する有術が込められているという。その能力で、葵の能力を抑えているということだ。

「そうだったんですね。もしかして、桜さんのメガネも?」
「そうだよ」
「えっと、その状態で物を触ると武器になっちゃう、じゃあ人は?」
「人には俺の有術は流れない。例えば」

 と、葵は橘平の手首をつかむ。橘平は思わずびくりと体が震えた。

「何も起こらない」

 おおお、有術って条件あるんすね~と橘平は興味深そうに、またいろいろと二人に質問を始めた。山の中は彼らの言葉以外なく、危険な化物がいるとは感じられない。

 しかし、この辺だ、というポイントに着くや現れたのは、目が顔の半分はあり、口がない、そして通常の2倍の巨体を持つヒグマ型だった。

 きーちゃん離れて!という声と同時に橘平はその場から距離を取る。比較的太い木の裏から見守ることにした。

 ヒグマは地面を思い切り叩いた。すると、大量の土が噴きあがり、目の前が見えなくなった。向日葵は見えないながらも感覚で走り抜ける。

 土を感じなくなったところで振り向くと、ヒグマは葵を追いかけていた。向日葵もそのまま、ヒグマの背を追う。なかなか距離が詰められない追いかけっこが続く。

 葵は懸命に走るが、距離はどんどん詰められる。近場の木を利用して蹴りあがってヒグマに日本刀を振り下ろすも、ヒグマは片手で刃を受け止める。有術を最大限に出力しヒグマの手を溶かす。

だが、それだけでは致命傷にはならなかった。後ろから向日葵がヒグマを転倒させた。チャンス、と思って刃を振り上げたが、ヒグマはさらに早く転がって刃を避けた。起き上がって葵に襲い掛かる。

 すると向日葵が素早く葵をかばい、橘平のお守りが書かれた手のひらをヒグマに向けた。やはり、奴はこれ以上踏み込めないようだ。

 この状況をみていた橘平も、妖物の動きにおかしさを感じた。向日葵がお守りを描いた手を前に出した瞬間、これ以上進めなくなっているように見えるのだ。これはどういうことだろう。

「早く!葵!」

 葵は向日葵の背から抜け、ヒグマの背後に回って胸のあたりから水平に真っ二つにした。青白くまばゆい光が駆け抜けた。

 これが、この人たちの日常。仕事。

 目の前でヒグマが溶けていく様を見て、橘平は非日常が日常であることを感じ始めた。

 これよりも巨大で恐ろしい、動物の形ですらない鬼のようなバケモノに、橘平はまず、遭遇した。あれで終わりだと思ったし、何も知らないからこそ、勇気を出せたところがある。

 しかし橘平は妖物について、封印について、悪神について、いろいろ知り始めてしまった。

 これが日常となるとどうだろう。葵も向日葵も、危険な日常を送っている。

 自分たち、何も知らない一般人たちのために。こんな日常から彼らを解放するのが、桜の目指すところなのならば、自分ができることは何だろう。

 日本刀を鞘に納めながら、葵は木の後ろで見ていた橘平のほうへやってきた。

「橘平君のおかげだ」

 葵が穏やかな笑顔を向けた。

「え、お、俺は何にもしてなくて、見てただけで」
「いいや、君の描いたお守りはやっぱり『有術』だ」

 俺が、有術を使える?
 役に、立てる?


 橘平のお守りは特殊能力らしいことが実証された。実際に使用した二人の感想や、自分が見たこと、桜の話を総合すれば、ほぼ確定である。

「知らなかった。このお守りって超能力の類だったのか」
「八神家のほかの人が使えるかは疑問だけどな。ここで問題なのは橘平君の能力をどう扱うかだ」

 有術は、現代では一宮、二宮、三宮の血筋の者しか使えない。

 そこに別の家の者が「使える」ことが判明した場合、どのように扱われるのかが分からなかった。各家に伝わる有術は、その家代々の能力もあれば、使わなくなった他の家から受け継いだものもある。今となってはどの能力がどの家のものだったのかは、分からなくなっている。

「もしかして八神って、一宮家に有術を渡さなかった家なのかなあ?え、何も言い伝え聞いたことないな!?うわ、謎が多すぎ八神家!!何!?」

 いや俺が知りたいですって、と橘平が大げさに突っ込む。

 橘平の能力は聞いたことも見たこともない。そんな未知の力があると知れた場合、歓迎されるか、排除されるか、それともいいように利用されるか。

「誰かの役に立つなら使いたい気もするけど、もしその…いろんな人にしょっちゅう使われるとなると、『なゐ』のこと調べる時間も減るし、そのことバレたら大変だろうし」
「いいように利用されそうなんだよなあ。だってさ、すっごい使えるもん、このチカラ。ほら、未成年の子も手伝わせる話、したでしょ?バレたらきっちゃんも投入されちゃうかも。それは嫌よ私」

 向日葵が一番危惧するのは、そこだった。妖物とは何の関係もなく育った彼を、もう巻き込んでしまっているとはいえ、仕事にまでは巻き込みたくはなかった。

 これだけの能力、課長辺りが便利に、しかも使い倒すような気がしてならない。自分たちだって彼を利用しているかもしれないが、他のオトナよりは、橘平を大切にする自信はある。

「取り合えず、橘平君の能力はバレないようにしよう。俺らが『なゐ』の封印を解こうとしていることが知られないようにするためにも」


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