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【小説】神社の娘(第37話 橘平、ひとりごとを言う)

 念願のプラモデルを組み立てる日がついにやってきた。

 空は穏やかな青空が広がり、その清々しさが桜の気持ちをさらに高める。桜は満面の笑顔でバイクを駆り、午前中から寛平の家へと向かった。

 桜のバイクが見えてくると、寛平は一目散で庭へ出た。橘平もその後をゆっくりと追う。

「おはようございます! よろしくお願いいたします! とっても楽しみで眠れませんでした!」

「桜ちゃーん、俺もだよ、すっごく楽しみで眠れなかったよー。最高のロボット作ろうね」

 早速、桜は寛平のしっかりした指導の下、クラシカ・ハルモニの主人公ヨハネスの機体を組み立てていく。

 橘平は最初は二人の様子を興味深そうに見ていたが、しばらくすると飽きてしまい、部屋を出た。

 組み立てに夢中な寛平と桜は、橘平が消えたことに気が付かなかった。

「頭ができたわ、ねえ見て橘平…あれ?」

「あいつどこ行ったんだ?」

 二人がやっと気が付いた時、寛平の部屋の扉が開いた。橘平はスケッチブックと3Bの鉛筆を手にしていた。

「あら、絵を描くの?」

「そ。気にしないで、作っててね」

 スケッチブックを開いた橘平は、楽しそうにプラモ作りに興じる祖父と桜の様子を柔らかな筆致で描いていく。

 少し前まで、この家で女の子の孫たちと暮らしていた祖父はきっと、桜をその子たちと重ねている。橘平が子供の頃よく見ていた表情。それを紙の上に映し出していった。

 長男家族が出て行ってから、少し丸くなった背中に憂いを帯びていた祖父。桜のおかげで、昔のような朗らかさを取り戻したようだった。

 

 静かに流れる時間、パーツを切り離す音、組み立てる音、寛平の説明。どれもが桜にとっては新鮮で楽しいひとときだった。もちろん、初心者の桜が午前中だけで組み立て終わるはずもなく、昼休憩を挟んだ。

 本日、祖母は友人らとおしゃべりの会らしく、三人での穏やかな昼食だ。祖母が用意してくれたランチは、真っ白なご飯、レタスの味噌汁、肉野菜炒め。そして手作りたくあん。大根そのままの白と、クチナシ色の2種類だ。橘平は祖母のたくあんだけで何杯でもご飯が食べられるほどで、肉よりもたくあんをポリポリしている。

「桜ちゃんさ、ここまで、すごーく丁寧でいいよ。完成が楽しみだ」

「お褒めに預かり光栄です。おじい様のご指導が素晴らしいからです。ありがとうございます」

「いやあ良いお嬢さんだ」寛平は桜のことがかなり気に入ったようだ。「さすが一宮、教育が素晴らしいんだねえ」

「そんなことはありませんよ」

「あるある。本当にあそこのみなさんは丁寧だけど、特に桜ちゃんは素晴らしいね。生まれつきかな」

 寛平は延々と桜と一宮家をべた褒めする。さすがに困って来た桜を助ける意味と、自身が話したかったことを伝えたい意味で、橘平は話題を変えた。

「そういえばさ」

 先日アニメを見直して、二人のおかげで見方が変わったことを話した。

「お話だけじゃない、社会で起こっていることも、表面だけの情報じゃなくて、裏も読めってな。橘平はこれをアニメで学べた。いい勉強になった。桜ちゃんのおかげだねえ」

 また桜をべた褒めして困らせそうだったので、また話題の方向を変える。

「そうだ、じいちゃん。仏間にあった神社のミニチュア。あれ出してよ」

「どうした?」

「午後はあれの絵でも描こうかなって」

 ああ、はいよ、と、寛平は食後にミニチュアを持ってきた。

 非常に精巧なお伝え様。橘平は模写をしながら、ヒントはないかと探してみるつもりだった。

◇◇◇◇◇

 

 ついにクラシカ・ハルモニ主人公機が完成し、今日の目標は達成した。

「初めてなりにはうまくできた気がする!」桜は上機嫌だ。

「上手だよ~本当に上手!」寛平は褒めちぎり、「また一緒に作ろうね」優しい笑顔を向けた。

「はい、またぜひお願いいたします」

「作りたいものあったら教えてね。それか自分で買ってきてもいいよ」

「そうですね、今度は自分で選んでみます」

 桜は腕時計を見た。時間はおやつ時。帰るには早い気がした桜は、橘平に「お喋りしない?」と聞いた。

「もちろん。じいちゃん、桜さんと外行ってくるね」

「行ってらっしゃい」

 二人は庭へ出た。桜が若い男といるところを見られないよう、かつて捜索した蔵がある家の裏あたりをぶらぶらしながら話した。

「野宿っていつするの? 私も混じっていい?」桜が唐突に尋ねた。

「え、桜さん本気?」

「本気と書いてマジだよ。お泊り会ってやつみたいで楽しそう」

「お泊り会は家でするもんだよ…まあ来週を予定してるけど」

 優真のしつこい催促により、スケジュールを決定「させられた」。場所は八神家の裏山だ。山の中でも寝やすそうなポイントは事前にチェックしてある。

 また幸次に事情を話したところ、親戚からテントと寝袋を借りてくれることになった。野宿というかキャンプである。ただの春キャンプ。夕飯はBBQ、とはいかないが焼肉でもしようかと思っているくらいだ。

「俺の友達来るんだよ?いいの?」

「別にいいよ。『なゐ』も大事。でも今しかできないことも大事。ヘンかな?」

「変じゃないけど、お家への言い訳は?」

「ひま姉さんの所に泊まる、のつもり。おじい様とプラモ合宿でもいいけど」

「プラモ合宿? いやあ、どうだろう。それってお家の人許すのかな…」

「おじいさんだから大丈夫よ」

 そのあたりの線引きが橘平にはいまいちわからないのだが、八神家に遊びに来ているということは、おじいさんは許される対象らしい。

「そうだ。神社見つけたことも話さなきゃいけないし、また4人で集まれないかな。日曜とか。橘平さん今度の日曜大丈夫?」

「OK」

「ありがとう。二人にも聞いてみるね」

「そうそう、動画」橘平はパーカーのポケットからスマホを取りだし、この間の試合動画を桜に見せた。

 最初のうちはただ鑑賞していた桜だったが、試合の終盤に差し掛かると、厳しい顔つきで画面に食いついていた。

「葵兄さん、変わったね」

「変わった?」

「なんて言えばいいかなあ」

 桜はこめかみ辺りに指をあて、説明に適切な言葉を探す。

「そーいや、出会った頃より表情が豊かかな?」

「ああ、それもあるかも」こめかみから指を離す「この試合で感じたのは……やっと本気出したって感じかな」

「ほんき?」

「そう。今まで葵兄さん、自分に全く自信がなくて。できるのに、どこかで制限をかけてたところがあるの」

「ええ、自信が無い?あんなにいろいろできて?」

「悩める青年なのよ、葵兄さん。自分からは絶対話さないんだ」

 桜はしゃがんで、ほどよく湿った土の上に咲くたんぽぽに目をやる。

「べらべら話す方じゃないから、ため込みやすそうではあるかも」

「ま、ひま姉さんにはちょっと喋ってるかもね」

 橘平もしゃがみ、たんぽぽを指で軽く触る。

 向日葵に勝ったのに、負けたような暗さを背負っていた葵。橘平は彼に書いたお守りのことを思い出していた。あったかい気持ちになれるよう、念を込めたのだけれど、効いただろうか。

 それと同時に橘平は昨夜の惨事も思い出す。また酔っぱらった向日葵から電話があったことだ。再び辛いことがあったのかもしれない。心配にはなるけれど、知りたくなかった話も聞かされて、あまりいいものではなかった。

 そしてどうやら、彼女の隣には誰かがいたようなのだ。通話の向こうで、かすかに別の声が聞こえた。 

 葵だったのか、別の人間だったのか。

 橘平は葵だったらいいなと思う。彼女の隣には彼が居てほしいという希望もあるが、何よりも、きっと向日葵が話していた昔話は……。

「葵さんのことかなあ」

「なに?」

「ああ、ひとりごと」


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