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ブンゲイファイトクラブ(2回戦)の個別評

はじめに

1回戦の採点法は、あえて言えば、古風で、家庭的な、手仕事の方法に頼っていた。じっくり手間をかけ、よく調べ、汲むべきところを見落とさないようにする。このやり方はいまでも有効だ。読み手がじぶんの愚かさを忘れず、神経を研ぎ澄ませて、労を惜しまなければ。そう思って取り組んだ。少なくない反響もいただいた。とても励みになった。

だけど、まだまだ完成度を上げられる。改善点や感想が参考になった。そこで2回戦は、一作一文ごとの添削ではなく、区間ごとの読み比べを試してみた。引き続き考えていたのは、技術史を学ばなければ習得できない(暗黙の)作法に(自覚せずに)囚われるのを避けて、だれでも真似できる方法を用いるには、どうすればいいか。総評に書いたとおり、採点に用いた観点も、なるべく言語化し、整理して、開示することにした。

次に試すべきは、自己採点ができるか、ぼく以外のひとにも使えるか。もっと省力できないか、もっと簡潔にならないかと思う。それに、いくら体系化が進んだところで、いまのままでは、その瞬間の判断が個人の「読み」に依存してしまう危うさがある。誤審リスクをどこまで減らせるか。市場不具合をいかに防ぐか。書き手の苦痛をどう抑えるか。読み手の無知を補えるか。テキストへの敬意を忘れない仕組みは――。

考え出すときりがない。思い込みに助長された独断と偏見が、直感と経験に頼って、他人を切り捨てて恥じないのに比べたら、ずっとましだと信じたい。だけど、反省もある。先行文献のメタアナリシスをしっかりやったわけではないから、あやふやな記憶と穴だらけの知識に頼ってしまった。未使用にとどめた指標なんて、畑ちがいの国際標準の受け売りにしかなっていない。きちんと体系化したほうが社会に役立つかもしれない。それに専念できるほどの、時間もお金もぼくにはないけど……。

もっとも、ささやかな希望は見えた。ぼくたちがあるテキストについて何ごとかを語ろうとするとき、それぞれに拠って立つ価値基準には、根源的に埋めがたい「断絶」があるのではなく、私情に由来する「ばらつき」があるだけ。だとすれば、近道は探せる。階段は作れる。セーフティネットは広げられる。できることはまだたくさんあるんだろう。


総評


採点結果

こちらからご覧ください。


個別評(と総合点)と素材点

金子玲介「あなたと犬と」(73点)には、単文の地と図に囚われない語りの自由があり、くだけた話し言葉の扱いに長ける(共同性)。変身の連続で飽きさせない工夫もある。難語や未知語を避けて、要所で笑いをとりに行く姿勢も一貫している(普及性)。
雛倉さりえ「森」(72点)は、青春の貪欲と繁殖の猥雑を、植林のたのしみに絡めて混ぜる手際がいい(普遍性)。扱いやすい性愛の喩に頼った感はあるけれど、じぶんに幻滅した「あたし」を、深く、ゆたかなもので抱き寄せる構成は、きっと多くのひとに響く(普及性)。
北野勇作「砂のある風景」(68点)は、画材としての「砂」を用いて、短い即興を再編集したつくりだ。あらゆる字数制限がひとつの「定型」を生み出すことを示し(共同性)、散文の連なりで、短詩連作のような物語の起伏を作り出せると実証した(共同性)。
齋藤優「グリーン テキスト」(69点)は、匿名掲示板にひそめく、でまかせの短い逸話を自称する。テキストから寓意と脈絡を剥ぎとって並べ(共同性)、その合間に「わたし」の心変わりを挿し込んでいく(普遍性)。すっきりした、意味のなさなさ(meaninglessness)をたのしめる。
大前粟生「抜ける日々からむいていく」(71点)は、男ともだちのがんばらない友情を描く方法を示した(社会性)。高校球児の物語類型を使いつつ、いまやありふれた関係妄想の話法に頼らずに、しっとり仕立てのますらをぶりに成功している(社会性)。
蜂本みさ「いっぷう変わったおとむらい」(70点)は、山村の広場で起きる、にぎやかな生前葬(もしくは人身御供)の様子を描く(普遍性)。複数のモチーフを重ね合わせ、叙述と声を切り換えながら、長い時間と大勢の人物を混乱なく書き分ける技量が目を引く(共同性)。
吉美駿一郎「天狗の質的研究」(64点)は、消える声と残る文字を対置し(社会性)、文献作成と文献探索の循環参照を作る(共同性)。音声認識と文字生成の境界喪失と、異形の表象の経時的な変遷。ふたつのモチーフで、ひとと、ひとでなしの隔たりを溶かした。
齋藤友果「ミドリノオバサンとヒト、およびウマ」(66点)は、学童養護員のカナ表記から着想して、野生動物が縄張り争いするオブジェクティブな光景を、街中の横断歩道を舞台に繰り広げた(普遍性)。言葉の通じないものたちが、対立を深め、社会システムを破綻させる顛末でもある(社会性)。


Aブロックは、構成点のうち、「B.文体と話法」の点差が響いた。Bブロックは、技術点で差がついた。「砂のある風景」は、題材と文字数をどちらも制約したのに、定型の選択と構成でここまで得点したことに、むしろ驚かされる。Cブロックは、技術点では「いっぷう変わったおとむらい」が「抜ける日々からむいていく」を上回り、構成点で逆転された。「A.語り手と視点」で差がついたけれど、この人称を採用しなければ、この結末は導けない。出だしを重くみるこの方法で、すくい取れなかった。Dブロックは、字数超過による減点がなければ、「天狗の質的研究」が68点で、「砂のある風景」と並んでいた……。

基礎点と技術点

ほとんど差がつかなかった。やり方は前回と大きく変わらないから、詳説は省きたい。参考のため、他の指標(とそれを構成する特性)と合わせて本文末に掲載してある。

構成点の判定をめぐって

出だしで書き手はそのテキストに働く基本原則を定める。A.語り手と視点が置かれ、B.文体と話法が示され、C.登場人物と場面が描かれ、D.提題と展開が与なされる。細かく言えばもっとあるし、区分は便宜上のものだ。けれども、第1区間はその後の成り行きを大きく左右する。だからやっぱり重要で、配点も細かくつけた。

まず、A.語り手と視点。6.「いっぷう変わったおとむらい」は、シンプルに単人数を立てる(+1点)。3.「砂のある風景」7.「天狗の質的研究」8.「ミドリノオバサンとヒト、およびウマ」は、三人称単数を工夫して取り入れた(+2点)。1.「あなたと犬と」はその変奏で、二人称単数と三人称単数を組み合わせ、固定点の語り手を立ち上げる(+3点)。2.「森」4.「グリーン テキスト」5.「抜ける日々からむいていく」は、複数人称から入って、ゆるやかに単人称に落ち着かせる(+4点)。

次にB.文体と話法。といいつつ、形態素解析なしで文体を採点するのは避けたい。当て推量や偏向の温床になるから。そこで、話法(ナラティブ)をみると、1.は6の動作を示す文構造を遮って、合間に20の発話を挟む、新しい方法を考案した(+4点)。3.は伝聞・推定を基調としつつ、定められた字数制限で自身を制約するミニマルな話法を選んでいる(+3点)。2.5.8.は観察と報告で、4.6.7.はオーソドックスな叙景だった(+1点)。

そして、C.登場人物と場面。どのテキストでも、ひとつの場面が示され、際立った差は見いだせない。では、その立ち上げに用いられる、登場人物はどうか。より多くの人物を、混乱・破綻なく登場させたら高得点とした。6.の6種(わたし、兄、母、声、別の声、村の人たち)が最多で(+4点)、5.の5種(担任、下級生、俺ら、俺、神宮寺本)が続き(+3)、4種出てくるのが4.(時間を持て余したひとたち、彼、鮫、わたし)と8.(ミドリノオバサン、ウマ、(小学校の)こどもたち、周囲の部屋に住む人々、語り手)と3.(砂の城を掘り出すことができる者(さらなる達人)、虫(の幽霊)、亀(人間)、語り手)(+2点)。3種なのは、1.(あなた、犬、語り手)、2.(あたしたち、男子たち、あたし)と、7.(美登里、録音(人間, 音, 声)、語り手)(+1点)。

最後に、D.提題と展開。どのテキストも提題の仕方に遜色はない(全員に+1点)。展開をみると、2.3.がこの区間で2回の展開を行っていた(+2点, 他6作に+1点)。出だしの手数は序盤の「引き」になる。終盤に向けた「仕込み」にもなる。

第2区間は提題の変奏がなされ、新たな視点や着想が、人物やできごと、視点者の気づきとしてもたらされる。その手数に際立った差はない(各+1点)。小技で目を引くのは、1.の「バルブ」と「毛むくじゃら」の並置が効いている(+1点)。4.の「と、そして」も、意外に新しい(+1点)。5.の「それが二十個もある」も上手い(+1点)。8.「なにか来るはず」は、やっぱりなにも来ないことで、終盤の迫力を高める(+1点)。


第3区間は、動きが分かれた。3.4.5.8.は、これまでに語られたことを、切り口を変えて掘り進め、第1区間の提題に戻っていく(+1点)。「砂漠」に戻り、「池」に戻り、「俺」に戻り、「オバサン」に戻る。1.2.6.7.は、秘密や変調の兆しを挿入する(「あなたの前身をこすりつけた」「ナナオ」「向こうに行くと言葉を忘れてしまう」「虚ろの声」)(+2点)。字数制限を重くみて、ぼくは後者に加点した。けれど、前者の方法は、テキストに「厚み」を持たせられる。どちらを推してもいい。


興味深いことに、あるいは当然ながら、第4区間では、どのテキストでも転調が起きる。程度の差こそあれ、それぞれの持ち技で、中盤の折返しに向けた助走が試みられる(全体に+1点)。2.5.は「次のできごと」を準備する(わからない・ドアのむこう、放課後・喪失感)。3.4.6.8.は、読み手の感情の起伏を作る描写や挿話、フレーズを投入して、ただならぬことの起こりを予感させる(砂時計の終わり・不発弾、好きなひと、焼いてしまう、えぐられたような傷・口端をあげて笑う)。1.7.は提題に厚みを加える情報の追加だ(犬見つかったよ・狗賓(の由縁))。加点したのは、4.が「そうしてわたしは~」の一文で、流れをさっと変える手際、7.による史的テキストの簡潔で足早な参照、8.が「たしかに鼻から~」で、読み手のイメージを裏切る軽さ(各+1点)。


第5区間は、テキストの芯をなすできごと(incident)が始まる。1.姿の変わった「犬」は排水溝にいる気がする。2.扉の向こうには巨大な秘密の森が広がる。3.時の流れが遅れ(砂の流れが速まり)、4.巨大な肉塊が人間を池に引きずり込み、5.二十本の指が木星色にネイルされる。6.おとむらいが始まり、7.天狗からメールが届き、8.ミドリノオバサンが糞拾い係に襲いかかる。2.4.6.8.が劇的な「盛り」をおそれないのに比べて、1.3.5.7.は控えめに「揺れ」を作る。3.が、固定字数の連作を並べる順番を操るだけで、他作と同じように、話の起伏を作り上げていることに気づく(+2点)。


そして第6区間で、できごとは移り変わる(各+1点)。1.「あなた」の姿が変わり、2.ふたりは森の底に横たわる。3.砂のある風景が壊れ出し、4.「銃」が撃たれると、「スプーン」が贈られ、5.「お金やしんどさ」を含む、特別な気分が薄れていく。6.「わたし」は「舞台」に連れていかれ、7.「天狗」の訪問が決まり、8.「オバサン」が哮る。なかでも6.は、「宇宙」「俺ら」「爪」「おかん」と、多方面への目配せが抜かりない(+1点)。8.には、それまでつくってきた作中の秩序を、あっさり崩壊させる思い切りがある(+1点)


第7区間は、2,000字弱で着地した4作(3.4.5.8.)にとって終幕であり、あとの4作(1.2.6.7.)にとっては終盤の盛り上げどころに当たる(各+1点)。1.の畳みかけ、4.8.の潔さ、5.が呼び名を変えるさりげなさ、6.の重ね合わせに加点した(各+1点)。第8区間は、1.2.6.7.の幕切れだ(各1点)。2.6.が最終文で、きれいな逆さ落ちを決めた(+1点)。

採点項目を構成する評価指標と、正副特性の整理

〇採点項目と評価指標の対応づけ
基礎点:やさしさ
技術点:遠さ
構成点:広さ
素材点:深さ

〇やさしさ
潔さ(適切性、過不足なさ、無理・無駄・ムラのなさ)
正確性(用字・用語、文法・文構造、禁則処理、誤訳・誤用、抜け・余分)
理解性(親切さ、可読性、可用性、愛着、不整合、曖昧さ)
伝達性(伝わりやすさ的確さ、技巧性、繊細さ、配置、順序)
流暢性(流暢さ、なめらかさ、音数律、句読点、改行、音韻、グルーヴ感、句切れ)

〇遠さ
新規性(新しさ、意外性、珍奇性、稀少性、突発性、偶然性)
独自性(かけがえなさ、ユニークさ、既視感のなさ、奇抜さ、例外的、独特、着眼点)
多様性(語彙の豊富、形容の手数、人物・視点の書き分け、文体・話法の切り換え、飽きなさ)
共感性(寂しさ、悲しみ、笑い、怖さ、怒り、実感、人情、感傷、ハートウォーミング、エンパシー、情動伝染、シャーデンフロイデ)
没入性(没入感、勢い、瞬発力、熱意、狂気、加速性、こだわり、内省、乱暴、極私性)

〇広さ
娯楽性(読みどころ、期待感、煽情、特別さ、非-日常性、非-現実性、解釈多義性)
充実性(思想性、世界観、世界認識、設定、カップリング、キャラクター、思弁)
構築性(構造、物語性、起伏・展開、反復と変奏、複数性、折り畳み、フラクタル、象徴のネットワーク)
論理性(必然性、完全性、一貫性、高次性、無矛盾、科学的合理性、喩、語用規則)
戦略性(諸規範への疑義、反-制度、批判・検証、挑戦、実験、試行回数)

〇深さ
普遍性(原理性、性愛、死、聖性、汚辱性、信仰、祈念、生老病死、地縁・血縁)
社会性(問題提起、政治性、思想性、禁忌、侵襲性、適法性、アクチュアリティ)
共同性(歴史性、本歌取り、換骨奪胎、引用と改変、二次創作、季語、母国語特性)
普及性(通俗性、一般性、通用性、公平性、平等性、適合性)
記録性(事実性、確からしさ、詳しさ、本人性、題材、フェイクフルネス)

〇製作・編集しやすさ(※今回は不使用)
機能適合性(機能完全性、機能正確性、機能適切性)、性能効率性(時間効率性、資源効率性、容量満足性)、互換性(共存性、相互運用性)、使用性(適切度認識性、習得性、運用操作性、事故防止性、操作愉楽性、利用平等性)、信頼性(成熟性、可用性、障害許容性(耐故障性)、回復性)、セキュリティ(機密性、権限正当性、免疫性、否認防止性、責任追跡性、真正性)、保守性(部品互換性、再利用性、解析性、修正性、試験性)、移植性(適応性、設置性、置換性)

〇読書体験の薦めやすさ(※今回は不使用)
効率性(生産性)、有効性、実用性、信用性、満足性、快感性、快適性、安全性(リスク回避性)(有益性(経済リスク緩和性)、心身安全性(健康・安全リスク緩和性)、環境保全性(環境リスク緩和性)、利用状況網羅性(事故防止性)、利用状況完全性)、柔軟性

〇宣伝・販売しやすさ
※今回は未定義。

〇その他
※指標の構成に用いた主な参考文献は、第1回の総評に挙げています。


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