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遅咲き棋士のリストラ回避録【連続お仕事小説】その3
リストラを回避するためには、次の最終予選決勝に勝って棋星戦リーグに入らなければならない。この間まで何となくプロ棋士を続けていた身としては、勝てば天国負ければ地獄の1局に今から緊張している。
大一番で使う布石(試合の最序盤)をどうするか考えながら電車に乗る。日本囲碁機関(キカン)の最寄り駅を通り過ぎ、大きなターミナル駅で乗り換える。駅ナカにお菓子の有名店が出張しているので、そこでこれから会う人物にお土産を買った。ふと見るとそのレジ脇に無料の転職雑誌が積まれていて、目的地に着くまで目を通してみる。
「ドライバー募集…運転免許持ってないなぁ」「レストランのホールかキッチン…愛想悪いから接客業は無理だけど皿洗いならできそう」独り言を呟きながらページをめくるが今一ピンと来ない。今まで囲碁しか打ってこなかったから当然と言えば当然なのだが。そうこうしている内に目的地の駅に着いた。
「師匠、ご無沙汰しております」
「葎。久しぶりだな」
師匠の神崎十三は10歳の時に弟子入りしてからもうすぐ25年の付き合いになる。碁縁があり師匠をお願いしたが、当時は怖くてよく泣いたものだ。棋力も名誉ある永世タイトルを1つ持つほど活躍し、名前から十三九段などと恐れられていた。70歳前に引退し、孫を溺愛している好々爺だ。今も定期的に打ってもらいつつ、孫自慢をよく聞かされている。
「お体の調子はいかがですか?」
「私は大丈夫だ。それより君の方は顔色良くないぞ…例の件か?」
朝一でキカンから一定の条件にあるプロ棋士に戦力外通告という名の引退勧告をするというニュースが発表され、師匠の耳にも入ったようだ。
「顔色が悪いのは元からです。それに昨夜は高村と飲んでいたので」
「自虐するのは君の悪い癖だよ。その様子じゃその時に彼から聞いたか」
高村も同時期に神崎師匠に師事していた。そして師匠の弟子でプロ棋士を続けているのは俺と高村だけだ。
土産を食べ終わり1局打つ前に聞きたいことがあった。
「師匠、お聞きしたいことがあります」
その4へ続く
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