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ささやかな喜び

きのう、課内で来週からの役割分担の打合せ。

「昨年わたしのときも、そう言ってくださいましたよね」

と昨年入った課員に言われた。


働きについて相談をする人、

実務の指示をする人、

いっしょに作業をする人。

どうやらちゃんと(?)区分けして紹介していたらしい。


あら。

そのときにもそう言っていたのか、

そう言われてふりかえってみたらそうだったかも?

考えは変わらないのね、と自分でも驚く。

忘れていた失礼なわたし(^^;


でも――この一年その彼女はそれを覚えて、その心づもりで

ちゃんとやってこようとしていた、ということ。


ささやかにうれしかったな。

伝えたことが何かしら残っているということは、結果や成果が

目に見えようとなかろうと、なんであれうれしいもの。


もちろん、わたしは「育てる人」としてはまだまだ。

これからも同僚にたくさん教えられたり、気づかされたりしていく。

今回も成長させていただく機会をいただいている。

あらためて、謙虚にがんばろう。


ささやかな喜びが、またいつかきっとある。

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これ、もう6年くらい前の投稿(Facebook)だと思う。

いろいろ思い返されることが多いなあ。
残念ながら、そう言ってくれた職員はもういないのである。

わたしはほんとうにあのときから成長しているのだろうか。
このときみずみずしいまでに(言いすぎか?)、しずかに心動かされて、成長させてもらえる機会を受け止め、働く意欲を得ていたと見受けられる自分。

でも、これも今の自分に至るたしかな過去である。
このときほど純粋でも素直でもないかもしれないけれど――。

もっと強くありたいと願うことの多い今、素直であること、あるいは愚直であることの意味を感じる。

ささやかな喜びを大切にしていける自分でありたい。

そのためにも、正直者が馬鹿を見ない世の中であってほしいと願う。



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