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社会人になると、趣味は卒業すると言うけれど【僕が映画を作ろうと思ってから Vol.12】

(前回のあらすじ)

頼まれて絵コンテを描く。
みんなが褒めてくれる。有頂天になる。

しかし撮影が始まってみると、
誰も僕の絵コンテを手にしていない。

僕の絵コンテデビュー作は使われることはなかった。

第一回はこちら


 * * * *


一人で映画を作り始めてからずっと、
僕の編集方法はビデオデッキでした。

ビデオデッキにビデオカメラをつなぎ、
ビデオカメラを再生しつつ、ビデオデッキで録画する。

作品の頭から順番に、素材を再生し録画していく。

音楽を入れるときはMDプレーヤーもつなぎます。

とにかく今から考えるととんでもなく手間なことをやっていました。


しかし、新作映画はそんな簡単な編集では済みません。

登場人物も多く、いろんなエピソードが並行して進んでいくストーリー。


そこで考えたのが、ビデオデッキを2台つなぐ方法です。

エピソードごとに編集して、複数のビデオテープを作り、
またそのビデオテープを再生して編集し・・

簡単に言えば、ダビングを繰り返して編集していく方法でした。

当時僕が持っていたブラウン管のテレビは一抱えくらいの小さいもの。

そのテレビで確認しながら編集を進めました。


僕は大きなスペースを借りて上映することにしました。

何しろ、その作品には知り合いという知り合いが登場している。
みんなにお披露目するのに大きな会場がいい。

チラシもつくり、上映を10日後に控えたある日、映画は完成しました。


完成と同時に、ビデオカメラが動かなくなりました。
おじいちゃんから譲り受けてから6年目のことです。

完成に間に合ってよかったと僕は胸をなでおろしました。

完成したビデオテープを持って、僕は上映会場の下見に行きました。

場所は赤坂。
その会場にはかなり大きなテレビがあり、ビデオテープで上映ができるとのこと。

広々としたその空間を見て僕は興奮してきました。
続いてテレビの再生確認です。


僕はビデオテープを入れて再生ボタンを押しました。


そして、僕は、言葉を失いました。


役者の顔がドロドロだったのです。
表情も何も分からない。


ビデオテープのダビングを、何度も何度も繰り返した結果、
画質が落ちてとんでもないことになっていた。

とても見れるレベルではありませんでした。


 * * * *


その頃僕は、大学の研究室に所属していて、
平日の夕方はいつもその研究室で過ごしていました。

赤坂の会場の下見の後も、まっすぐ研究室に戻りました。


研究室の仲間たちもみんな、僕の映画のことを知っています。
撮影の進捗も、上映のことも逐一話してきました。

研究室に入ると4人いて、それぞれ思い思いに過ごしています。


僕は開口一番、「もうダメだ」と言いました。

「もうダメだ。全部終わりだ。」


僕は頭を抱えました。

会場の下見に行ったこと。
ダビングのしすぎで映像がドロドロになっていたこと。
そして上映が10日後に迫っていること。


仲間の一人が口を開きました。
「もしやり直すとしたら、どうすればいいの?」


「撮影した材料はあるから、編集を全部一からやることになる。でも、」
と僕は答えました。
「でももう、そんな気力はない。」

「俺らも見に行きたいから、最後までやろーよ。も一回編集しなよ。」

「カメラも壊れたし、もうどうしようもないんだよ・・」


別の一人が口を開きました。

「俺の田舎の親父が確かビデオカメラ持ってるよ。速攻で郵送してもらうよ。それなら間に合うよね。」

そいつは親に電話するために、研究室を急ぎ足で出ていきました。


僕は出て行ったやつの好意に困惑しました。
「ビデオデッキも1台しかないし、ほんともうダメなんだよ。」

また別の一人が言います。
「なんだ、ビデオデッキならうちにあるよ。今から取ってくるよ。自転車で運べば大丈夫。」

「一人じゃ無理だろ、俺が後ろから押さえてやるよ。一緒に行く。」
さらに別のやつと一緒に、2人ともどっちが自転車に乗るか話しながら部屋を出ていきました。


残った一人が言いました。
「ダビングもね、ケーブルがモノが悪いと画質に影響するんだよね。使ってるのって線の先何色?」

「銀色。」僕は力なく答えます。

「あー、それも原因かもしんないよ。うちに金色端子のケーブルがあるからそれ持ってくるよ。まああんまり変わんないかもしんないけど、やらないよりはマシだし。」


最後の一人が部屋を出て行き、研究室は急にシンとなりました。


なんなんだよ。

なんなんだよあいつら。

仕方ない、みんなが帰ってくるまで暇つぶししてるか・・。


僕はパソコンの前に座りました。

ところが、どんなに目を凝らしてもモニターがよく見えないのです。


あれ、と思った瞬間、

ぼろぼろぼろぼろ涙がこぼれ出ていました。


止まりませんでした。


 * * * *

上映会の日は、しとしとと雨が降っていました。

それでも、50人ほど入る会場は満員になりました。


僕は一から編集をやり直して、完成したのは上映日の直前でした。

出演者はもちろん、知らせた人はほとんどみんな来てくれて。
大学の研究室の仲間も最前列に顔を揃えていました。


上映は大成功でした。

上映後はみんな熱心にアンケートを書いてくれました。
アンケートの束を回収しながら、「宝物ができたな」と考えました。


そうやって、僕の大学生活は終わったのでした。


 * * * *


社会人になると、趣味は卒業する。
誰もがそう言う。

でも、映画づくりを止めるなんて考えられない。


映画づくりとどう向き合っていくのか。

結局、答えが見つからないまま4月になり、
僕は慣れないスーツ姿になりました。


入社して1ヶ月後、
部長が僕たち同じ課の新人3人を呼びました。

「初めての給料だろう。何に使うんだ?」


僕は決めていたことがあったので、一番に答えます。

「ビデオカメラを買います!デジタルです!」

2000年。

カメラはデジタル化の時代を迎えていました。
映画の制作も大きく変わります。

パソコンで編集すれば、どうやらダビングで映像がドロドロになることもないらしいぞ。

僕の心の中は映画のことでいっぱいでした。


しかしそんな気持ちもすぐにかき消されます。


続いて同期のKが答えます。

「私は、両親を温泉旅行に連れて行きます」


同じく同期のFも答えます。

「自分は親戚中に花を送ろうと思ってます」


僕の社会人生活は、さっそく不穏な空気が流れていました。


(つづく)


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