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#65 英語史における「斉一性原理」を整理する

斉一性原理とは。なぜ英語史に必要か。

堀田先生のVoicyで斉一性原理の話がここ数日で複数回あった。最新の放送では、学問として、バイアスを削除する意味について説明があった。最初の放送では、その価値がよくわからず、しかし何度も放送で取り上げられているということは、その価値があり、かつ興味深いことなのだと想像できる。そのため、理解のために整理したいと思った。

まずは、放送を各2回ずつ聞いたが、まだよくわからないことも多かったので、引用元を示すことで有名なAI、perplexityに尋ねてみた。その結果をもとに、自分なりに英語史学における斉一性原理についてまとめてみる

筆者が持つ1番の疑問は、「もともと自然科学で発達した「自然の斉一性原理」を英語史に当てはめる際、何をどう考えるべきなのか」ということだ。

自然の斉一性原理とは何か。

まず自然の斉一性原理とは何か。Wikipediaには、以下のように説明されている。

「自然界で起きる出来事は全くデタラメに生起するわけではなく、何らかの秩序があり、同じような条件のもとでは、同じ現象がくりかえされるはずだ」という仮定

Wikipedia 「自然の斉一性原理」

堀田先生もVoicyで言及されていたが、英語史を含む歴史学は、実際には調査できないため、ある程度は類推を行うしかない。しかし、学問として考えるためには、個人的な思い込み等を排除し、理論的に類推を行うことが大事となる。では、どのような観点から類推すべきなのか。

状態(結果)か、過程(プロセス)か。

大事な点として、7月8日(月)の放送にあった、焦点化すべきは状態か、過程かという点が挙げられる。あるプロセス「A」で言語が変化したとする。その場合、変化した結果「B」がある。その場合、プロセスAに斉一性原理を適応するか、つまり、複数言語等で特定の過程Aが見られるとしたら、中英語や古英語でもその過程Aは働いただろうという考えだ。この例としては、グリムの法則などが放送では挙げられた。結果Bは、複数言語である状態が見られた場合、他の特定の言語でもその状態はあり得るという考えだ。放送では、例として、母音のない言語はない→だからある特定の言語についてもそう考えられるということが挙げられた。

Perplexityに聞いてみた。すると・・・?

Perplexityでは、自然の斉一性原理を英語史学に適用する際のポイントが6点示された。最初の3点は、一貫性の分類であり、残りの3点は、考え方に関するものだ。

  1. 言語変化の一貫性:
    英語の歴史的変化も他の言語と同じように一定のパターンや規則性があり、完全にランダムではないと考える[1]。例えば、文法構造の変化や音韻変化などは、ある程度他の言語の歴史的変化から予測可能な方向性を持つと仮定する。これを突き詰めると、比較言語学的な視点から考えることに該当すると考えられる。

  2. 空間的一貫性:
    英語の変化は、地理的に異なる場所でも類似したプロセスを経る可能性があると考える[1]。例えば、イギリスとアメリカの英語の変化に共通点があると考える。共時態におけるタイポロジーと考えられる。

  3. 時間的一貫性:
    現在、観察される言語変化のメカニズムは、過去の言語変化にも適用できると仮定する[1]。つまり、現代英語の変化傾向から古英語や中英語における言語変化を推測できる可能性がある。通時態におけるタイポロジーと言える。

  4. 言語変化の要因:
    これは、言語変化の理由に関するもので大事なもの。なぜ現象Aは特定の言語には起こるが、他の言語には起こらないか推測する理由の1つとなる。端的に言えば、言語変化には内的要因(言語システム内部の圧力)と外的要因(社会的、文化的影響)があり、これらの要因は時代や場所が変わっても同様に作用すると仮定する[2]。ただし、言語は人間の営みの産物であり、外的要因(社会的・文化的影響)により予測不可能な変化が起こる可能性もある[2]。

  5. 資料の解釈:
    限られた歴史的資料から言語の全体像を推測する際、現代の言語状態及びその変化のプロセスを参考にすることができる[3]。後者は上にある「通時タイポロジー」の基盤となる考え方。ただし、歴史的資料の限界や偏りにも留意する必要がある[3]。

  6. 方法論的前提:
    英語史研究において、過去の言語状態を現代の言語学的知見を用いて分析することの妥当性を支持すること[3]。

Citations:
[1] https://ja.wikipedia.org/wiki/自然の斉一性
[2] https://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/cat_language_change-13.html
[3] https://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/cat_methodology-3.html

長くなったが、自分としては、どのように考えるべきかある程度整理できたかと思う。しかしながら、比較言語学の部分や通時的タイポロジーの箇所はまだまだ理解がおいついていない&基礎的な知識がもともと不足と感じた。50代になってかじり始めた分野だが、個人的享楽として、今後も必死になってついていきたいと感じた。

今回はそんなところです。


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