イスラエル建国前のパレスチナ

10月7日、ハマスの一般人への奇襲に対するイスラエルからの報復により、空爆を受けた後のガザ地区の画像をみた。これまでも度々爆撃の被害を受け、インフラをケアする政府も存在しない状態が何十年も続いているはずだが、

破壊される前はいったいどんな街だったのだろうという疑問がわいた。貧しいアラブ人から土地を買い取って、何もない土地を開拓して築いたのがイスラエルという国なのだとイメージ的に思っていたからだ。

アルジャジーラのこのドキュメント映像をみて、そのイメージが全く変わった。イスラエルが建国される前からパレスチナは、大陸の繋ぎ目にある海沿いの街として経済的に豊かで、教育や文化も栄えていた。

オスマントルコの統治下では、ヨーロッパから移住してくるユダヤ人が、彼らの聖地の近くに住みつくことが阻害されてはいなかった。アラブ人とユダヤ人が共存して栄えた港街、全てが変わってしまったのは、シオニズム運動によってイスラエルが建国されることになってからだと老人たちは語る。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?