御伽怪談第四集・第二話「さまよう楠公」
一
その昔、弁首座と申す禅僧がいた。五月の終わり頃、諸国行脚の旅の途中、遠州(静岡)相良ですでに日も暮れていた。街道を外れた傍らに見つけた辻堂に行き一夜を明そうと思った。まったく粗末な辻堂であった。扉を開くとギシギシと埃が舞った。しばらく誰も入ったことのない、そんな気がした。掃除された形跡などもちろんなく、足跡が埃の中にポツポツとついた。
弁首座は、やれやれと言った顔をした。
——これなら近郷近在にも僧侶はおらぬな。
関ヶ原が終わって二十年。まだ、戦の爪痕の残る地