御伽怪談第四集・第六話「立山の偽幽霊」
一
その昔、江戸は亀戸に松五郎と言う男が住んでいた。仕事は貧しい版木彫りであった。版木彫りとは、浮世絵などの元版を彫る仕事のことである。
体は丈夫で、それだけが取り柄であった。親もすでに亡くなってひとりぼっちの松五郎は、苦労してようやく美しい妻に巡り会い、仲睦まじい日々を過ごしていた。長屋の片隅に居を構え、狭いながらも楽しいわが家。幸福な日々を過ごしていた。
妻の名は〈お鈴〉と申し、やはり親も兄弟もない天涯孤独の身の上であった。
お鈴も松五郎に出会えて良かったと