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瞳のシャッター 心のフィルム【月光】

 今、現役で運行している寝台列車はサンライズ出雲・瀬戸のみ。
 その他クルーズ型の臨時寝台列車が不定期に5台運行されてはいるが、一時期よりはその運行本数を落としているのが実情だろう。


 そんな中私には、思い出の寝台列車がいくつかあった。
 一つには、京都-高知間を約8時間かけて走っていた夜行快速「ムーンライト高知」だ。

 高知に配属された、研修時代からの友達に会うため、仕事の後その列車に乗ったのだ。
 その友達は、翌朝高知駅で待っていてくれる予定だった。

 私が夜行バスじゃなく「ムーンライト高知」を選んだのは、当時珍しいゴロ寝のカーペット車両がそこに連結されていたからである。

 簡易的ながら枕と毛布もあって、横になったまま行けるというだけでも、仕事あがりの私にはありがたい移動手段だったからだ。

 今にして思えば、誰が隣に来るか分からないというのに、よくそんな車両を選択したものだと思う。
 一応、予約の時点で隣に人がいないようにしていたものの、何せ社会人一年目。まだ学生気分がどこかに残っていたのかも知れなかった。


「……旅行ですか? どこまで行くんですか?」

 そんな中、大阪から乗ってきたらしい、年の近いバックパッカー風の青年に、不意に話しかけられた。
 どうやら同じブロックのチケット持っていたようだ。

「高知で友達が待ってくれてます」

 さすがに、ずーっと一人だと思われるのも不用心に思えたので、それだけを答えておく。

 自分への牽制と思ったか、それが本当のことだと思ったのかは定かじゃないが、青年は「なるほど」と相槌をうって「僕は高知で一泊した後、足摺岬に行こうかと思ってるんですよー」と、予定を教えてくれた。

 実は高知で友達と待ち合わせた後、そのまま足摺岬に連れて行って貰う予定だ――なんてことはさすがに言えず「そうなんですねー」と愛想笑いを返すことしか出来ない。

 大阪のとある大学に通う四年生、つまり年下ということで、さすがにそこからナニカが生まれる雰囲気にはならなかった。
 もしかしたら、相手は違う風に思っていたのかもしれないが、私が踏み込めなかったのだ。

 これでアバンチュールどころか傷害事件でも起きれば、自業自得と言われるのは必至で、誰も同情などしてくれまい。

 そんなことを思っていたら、おいそれとカーペット車両で眠ることも億劫になり、結局なんのために夜行快速に乗ったのか分からない状態、つまりはほとんど眠ることが出来ずに、高知に着くことになってしまったのである。

 高知駅で待っていた友達を見て、青年の表情は明らかに「本当にいたのか」といった類のものだったから、私はうっかりひと晩の思い出作り……なんて方向に傾かなかった自分を心の中で褒めた。



 その後、青年が本当に足摺岬を回ったのかどうかは知らない。

 私がついそこから何日か新聞を隅々までチェックして、若い青年が巻き込まれた――といった事件が起きていないか確認してしまったのは、多分に二時間サスペンスの見過ぎだろう。

 名前も聞かなかったのだから、本当にそんな事件が起きていれば、地元警察勾留間違いなしの事態に陥っていたはずだ。

 高知駅で「迂闊だ」と友達に叱り飛ばされた私は、きっとそんな事態になったとしても、名探偵にはなれないだろう。


#創作大賞2024  #エッセイ部門

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