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【小説】REVEALS #5

予言マジック

礼司のマジックは想像以上にうけていた。ひろしさんのリアクションに助けられた部分もある。会場の空気が温まっていた。被災地では笑いづらい空気感があるというが、もしかしたら、お客さんたちは笑いを求めていたのかもしれない。そこまで考えてあのピックポケットマジックを選んだのだとしたら、やっぱり礼司はかなり優しい人間だと思う。
いきなり見ず知らずのお客さんを選ばずに、さっき会った人を選んだのも警戒心が少ない人の方がやりやすいとか思ったのだろうか。礼司はいったい何をどんなふうに考えていたのだろうか。後で聞いてみたいと思った。

次は僕の演技だ。
僕の演技はというと、ジャンボカードを使ったカード当てを超能力風に演出したものだ。ステージではコインマジックは見えないから、ステージ映えする演技を勧められた。さらに礼司はこのあとカードマニピュレーションをすることが決まっていた。さすがに僕がマニピュレーションをするには本番まで練習時間が少ないという事で、僕でもできそうな演技を考えてくれた。
単純なフォースを使った演技なのだが、目隠しをした上でカードの扱いをすべてお客さんに任せるものなので、不思議さが際立つと教えてくれた。僕は言葉で指示するだけで、最後には予め用意しておいたカードを言うだけだ。
このマジックの肝は僕の話術や演出にかかっている。

初めての大舞台を前にしてさっきから心臓がバクバクしている。礼司の演技に集中している間は気が紛れて良かったのだが、終わった途端、頭が真っ白になりそうで仕方がない。足が震え出した。腰が抜けそうな感覚というのがこういう事なのかと冷静を装うことに必死になっていた。
やばい。こんな状態でちゃんと演技が出来るのだろうか。
急に不安が襲ってきた。

ステージから降りてきた礼司がニヤリとして

「お前、緊張してるだろ。」

と、茶化してくる。

「そんなこと…、当たり前だろ。」

「そうだよ、当たり前だよ!」

と言ってローキックを入れてきた。割と強めでだった。手加減の無いことがわかるキックだ。

「って!何するんだってっ…!」

言い終わるくらいに、もう一発、同じローキックが飛んできた。さすがに、後ろに避けた。

「お前硬いんだって、もっと体動かしてリラックス。」

「僕は初の大舞台だよ、もっと優しく緊張ほぐしてよ。」

驚いたことに、本当に少し緊張がほぐれていた。
ヴゥーン…、BGMが鳴り始めた。いよいよ僕の番が来た。


「こんにちは、初めまして。タイガと申します。今日はカード当てをしたいと思います。(緊張して早口で喋り始めてしまった)先ほどのレイジの瞬間移動も面白かったですが、僕のマジックはゆっくり行うので、よく考えながら見てください。」

少し調子を戻すことができた。僕は深呼吸した。

「では、カード当てにご協力いただきたいのですが、よろしいですか?」

最前列にいた女子中学生らしき子に声をかけてみた。隣にいた友達らしき子と2人できゃっきゃしていた。ステージに上がってもらったが、変わらずきゃっきゃしている。僕はかまわず続けた。

「後ろの人にも見やすいように、このジャンボカードを使います。」

「既にぐちゃぐちゃに混ざっています。」

「では、このカードをお渡しします。半分適当にとってお友達の手に乗せてください。」

彼女たちは指示をもらうと急に静かになった。僕の指示通り動いてくれた。何が始まるか期待し始めてくれた様子だ。

「そしたら、残りのカードを横向きにして重ねてください。」

「さきほど、カードを適当に半分に分けてもらいました。そして、半分にしたところのカードを見てもらいます。」

女子中学生たちは、僕の指示が分かりにくかったのか、こういうことかなと二人で相談している声が聞こえてきた。こちらも様子が見えないので、実際にのとこ何が起こっているかわからないが、おそらく戸惑いながらも友達と一緒にカードを手に取ってカットし、境目のカードを抜き取ったようだ。

「できました。」

「はい、ありがとうございます。そのカードを当てていきたいと思います。表面が見えないようにしっかりと持っていてくださいね。」

「では、すみません。あちらのモニターをご覧ください。」

ちなみに、この会場にはうちのテレビなんかよりもずっと大きい大型のモニターが用意されている。たぶんうちの20倍以上はある。モニターがあるのでちゃんと後列の方まで見えるようになっていた。

「実はあなた達が選んだカードは予言してあります。」

「昨日、撮影した動画があります。そこに予言があります。では、再生してください。」

『どうもタイガです。あそこに予言のカードが置いてあります。布がかかっています。これからしばらく黙っていますから、答えを見る前にまず、あなたが選んだカードを見てみましょう。』

ここまで大きなモニターは想像してしなかった。大きな自分の顔を見るのはとても恥ずかしい感じがする。彼女は伏せていたカードをめくった。すると、ダイヤの5が現れた。

「選ばれたのは、ダイヤの5でした。では、続きを見てみましょう。」

布がかけられたカードに徐々にクローズアップしていく。
画面の中の僕が布に手をかける。
スルスルと布が引かれていく。
額縁が現れ、その中にカードが入っている。
ダイヤの5だった。

会場が一瞬シーンとなった。次の瞬間、リズミカルな拍手が起こった。
リモートコールが起こった。会場にいる子供たちからリモートマジックをやって欲しいという声が上がった。
こういった反応が来る事を考えていないわけではなかった。この次ぎは礼司のマニュピレーションをするプログラムになっており、その次の最後のマジックをどうするか会場の空気をみて判断する手はずになっていた。
その判断をするのは礼司だ。礼司はヴィヴァルディの冬がアレンジされた曲をバックにステージに上がった。
指先からカードが出現する様はオーケストラに指揮を振っているようにも見えた。ステージの端から端まで動き回っていた。マニピュレーションは角度に弱いので動かない人が多いらしいが、礼司はダンサーのように動いた。
見えてしまうことを気にしていないのだろうか。
そんなことは無いとは思ったが,それほど大胆だった。
ステージの上の礼司は僕が知っている礼司とは別人のようだった。

いわゆるステージ衣装ではないラフな格好の礼司からこれでもかという数のカードが溢れ出てくる。この光景をずっと見ていると、不思議さを通り越してそれが当たり前の出来事なのかと思うような奇妙な感覚に陥った。
会場の視線が礼司に集中しているのが分かった。
フィニッシュを迎えた礼司は両手にカードファンを広げてポーズをとった。
一体感とともに拍手が鳴った。

その瞬間、突風が吹いてテント浮いたりや器材が倒れそうになったりした。
ステージの上にあった捨てバックが倒れ、フロアに散ったカードが風に舞った。僕たちは慌てて倒れた捨てバッグや散ったカードを回収した。

「なあ、あれやってみるか。」

礼司はリモートマジックをやる気になっていたようだ。僕もやりたい気持ちが高まっていた。会場はアウェイでは無い雰囲気になっている。仮に失敗しても別のリカバリーのシナリオも考えてある。僕たちは意を決して2人でステージに上がった。

高校生のリモートマジック

さっきの黒い服の高校生のマジックはなかなか凄かった。音楽の疾走感と彼の気迫が混ざったパフォーマンス。今までテレビで見たことのないライブ感がすごい感じだった。マジックとしてではなく、ダンスパフォーマンスを見るソレに近い感じだった。自然と次のパフォーマンスへの期待感が高まる。まだもう一つやるみたいだ。

「さて、皆さんは北川天馬という人をご存知でしょうか。」

ご存知も何も、ここ数週間SNSでもネットニュースでもテレビでもよく名前を聞く。ちょっと鬱陶しいくらい目に付く。その前の白いシャツの兄ちゃんがやったマジックを見ていて思い出してコールが起こったくらいだ。さっきも子供が何人か言っていたが、俺もあれを体験できるならしてみたいという気持ちになる。

「天馬さんがやっているのが手品なのか超能力なのかは僕たちにはわかりません。しかし、僕たちも全く同じではなくても、似たことができる事がわかりました。」

高校生にしては、なかなか大口を叩いたなと思った。自信がなければここまで言うことは難しいと思い、期待が高まった。

「この場であのリモート現象にチャレンジさせていただいても良いでしょうか?」

一気に会場が沸いた。

「ありがとうございます。それではやらせていただきます。」

オレも冷静を装いながら,期待に胸が膨らんでいるのを感じる。
みんながスマホを構えだした。

「すでに用意していただいている方もいらっしゃいますが、スマホやビデオカメラなど撮影できるものがあればご用意してください。」

会場にいたほとんどの人が、客以外にも運営している人や他の出演者までスマホを出して準備していた。

「今から、カードを使ったマジックをします。天馬さんのようにやりたいのですが、皆さんはお手元にカードがないと思います。ですので、会場のみなさんは紙やイメージでかまいません。」

物が無くても大丈夫だと言う。これはいよいよ超能力くさいが、こいつらに本当にそんなことが出来るのだろうか。

「それと誰か協力お願いできますか?」

会場では一斉に挙手が起こった。さっきとは更に熱の入り方が違う。
紙やイメージでってどういう事だろうか。北川天馬がやっていた証拠動画がトランプじゃなくても出来るってことか。それって北川天馬よりもすごいんじゃないか?

「じゃあ、手を上げている人で今日誕生日の人はいますか?」

オレの隣に居た女が立った。他にも4人くらい立った。
意外と居るもんだな。365日のうち1日、それが4人。
会場にはだいたい5百人くらいいるんだから、そんなものか。

「じゃあ、せっかくなので4人の皆さん来ていただけますか?」

4人の男女がステージに上がった。

「これから4人で1枚のカードを選んでもらいます。心の準備はいいでしょうか。では、まず1人目ですね。お兄さん、このトランプを混ぜてください。」

そう言ってアシスタント役をしている黒いやつがカードを男に手渡した。男は割りと上手い手つきでカードを切った。しっかりと混ぜている。マジシャンがよくやるジャラジャラと一枚ずつ混ざる混ぜ方もした。こんなによく混ざっていては仕掛けなんて出来ないだろう。
男は黒いやつにカードを戻した。

「では,これから目隠しをしたいので、すみませんが、そこのお姉さん、これで僕たちの目を隠してください。」

そういって2枚のバンダナをポケットから取り出して、2人目の女性に手渡した。透けて見えないことを確認させて、白いのと黒いのの両方の目を隠してきつめに縛った。そして3人目の女性に指示を出した。

「これから,カードをこのようにパラパラと弾いていきますので,お好きなところでストップと合図を出してください。」

そう言って黒いのはカードをパラパラと落としていった。当たり前のようにやっているけれど、難しいんだよな。あれ。
ちょっとカッコよくてムカつく。

「あ、ストップ。」

そう言った瞬間、一枚ずつ弾いて落としていたカードを止めた。そして、左手に受け止めたカードを揃えた。

「では、最後のお姉さん。」

「はいっ」

指名された4人目の女性は緊張しながら返事をした。そして、白いのが続けて言った。

「このカードは見ずに両手の平で挟んでおいてください。さて、みなさんも頭の中で一枚カードを引いてみてください。そのカードは赤いカードでしたか?黒いカードでしたか?小さい数字でしたか?大きい数字でしたか?どんなカードでも構いませんよ。カードを選んじゃっても構いません。まだの人は今やってください。」

周りを見回すと、一人で来ている人は自撮りをしていた。複数人で来ている人はお互いに撮り合っていた。

「そして、動画に収めやすいように、紙がある人は紙に書いてください。そしてそれを動画に収めてください。そして、紙が無い人は手でカードのマークと数字を表してそれを動画に収めてください。」

皆それぞれに紙に書いたり、手で数字やマークを作りながら動画を撮影していた。

「これから起こることは既に皆さんが期待している通りだと思います。あとは,それが当たるか当たらないかだけです。準備は出来たでしょうか?」

オレはまだ決まっていなかった。急いでカメラを立ち上げ動画を撮りはじめた。カードは何にしようか。とりあえずマークはハートを作った。あとは数字だ。何にしようかハートのAはいかにも過ぎるか。でも、記念だと思い人差し指を立てて1を表した。
他のやつらはソーシャルディスタンスのせいで何を選んでいるかまではわからなかった。

「では、みなさん行きます。ちゃんとカメラは録画スイッチがオンになっていますか?いきますよ、3、2、1、オープン!」

「・・・あ、ごめんさない。バンダナつけたままでした。今とります。」

肩透かしをくらい、緊張が一瞬解けた。演者の2人がバンダナを外した。

「・・・ハートのAです!」


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