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愛をもって

月曜日。SATELLITE LOVERSを聴きながら渋谷でバイトしていると、このまま外へ飛び出してどこか遠くの町まで行きたくなってきた。緩めのデニムをベルトでギュッとやって、シャツを羽織る。カセットテープをポッケに忍ばせて、有線のイヤホンをつける。財布も携帯も要らないや。自転車に跨って、あてもなく赴くままにペダルを踏もう。今日も天気いいなあ、なんて言いながら。

ブワッと風が吹いたかのように、気持ちが突然高揚する瞬間がある。「うわ〜、今の俺なら空でも飛べそう」そんなことを思うとき、大抵居ても立ってもいられなくなる。今日はSATELLITE LOVERSの音楽がその風だった。しかし現実はというと仕事中だ…どこへも行けないし、空も飛べない。行き場のない感情とともに過ごす時間は長くて辛いものだ。気分を落ち着かせようとポッドキャストに切り替えたが、「こんなところで何してるんやろ」と思わされるような話ばかりで余計に飛び出したい気持ちが高まってしまった。時計の針はチクタク進む。ああ、軽い荷物でどこかを目指したいものだ。

帰り道、下を向いて歩く宇宙人の群れにいつも遭遇する。おまえたちと生きていくのがこわいなあとつくづく思う。当たったなら謝れや、しばくぞ。しかしどうすることもできない、胃が痛むだけなのだ。とはいえ僕も実際には彼らと同じ宇宙人でして…古本屋で買った宇宙人大図鑑には載ってなかったけれど、僕らはみんな現代人という宇宙人。仲が良くなかったり、喧嘩をしたり、戦争だってするらしい。不思議なもので、とことん分からない生き物さ。仲間たちと生きていく術は今日も見当たらない、このままだと独り逃避行になっちゃうなあ。


火曜日。知り合いの編集者の方と1杯だけ飲みに出掛けた。心と身体の結びつきは密接で、捌け口を間違えると悪循環に陥ってしまうといった話をしていた。「閉塞感を感じたときは誰かに会った方がいいよね」それは本当に思う、パンデミックの頃に強く思ったことだ。ストレスでいっぱい食べちゃったり、「嫌なことは忘れよう!」とか言ってガバガバお酒飲んだりすることもあるけど、身体には当然良くないよなあ…40歳を超えて若い頃のようにはいかなくなったという話を聞いて、少しは運動しようかなとか煙草控えようかなとか色んなことが脳裏を過った。でも多分僕は実行できない、とことん怠惰で後になって痛い目をみるパターンだろう。15年後の自分に今のうちに謝っておこう、あとは…それまでにお互いなんでも話せる人ができることを祈っておこうか。


水曜日。雨降りの日々だが、今日は白い蝶が横で踊っていて、青い空が広がっていた。梅雨明けも近いかと思ったら…まだ梅雨来てないんかいな。誰にも言ってなかったけど、発表しよう。実は…今月の個人的テーマは「ファイヤーズッキュン」だった。略して「燃え萌え」完全に設定ミスだ。ファイヤーは鎮火され、ズッキュンはバッキュンで。低気圧で何のやる気も出ないのだ…無気力一歩手前祭り。「こんなんじゃダメだ〜」に対する奮起のファイヤーも「もっともっと〜」に対する欲張りなズッキュンも効果を示さない。うむ、何かが間違っていたようだ。あと少しで6月が終わる。一度くらいはファイヤーズッキュン…発揮させてほしいなあ。


木曜日。絶対に寝坊できない朝だった。14時までに免許更新に行かねばならなかったのだ。それなのに僕という生き物は本当に…起きたら12時半だった。情けなくて涙がポロリ。床に落ちる前にマッハで準備してレディーゴー、宇宙へと向かった。違う…府中だ。なんとか間に合え!という気持ちで電車に乗り、バスへと乗り換える。免許試験場はまだかまだかと目を血走らせていると「小金井リハビリテーション病院」という停留所の表示が平仮名で流れてきた。「こがねいりはびりすてーしょんびょういん」なんだか気が抜けるではないか…諦めかけたが、息を切らしながらもなんとか受付に間に合った。

さて、ちょいと長旅が始まろうとしている。めんどくさいなあ…と思いながら手続きをしてお金を払う。今宵の飲み代より高いじゃないか…まったくもうと思いながら第1関門をギリギリ突破する。続く第2関門は視力検査だった。視力検査の部屋はふたつあって、どちらに進むかは自由だった。僕が列に並ぶ際はどちらにも2人ずつ並んでいたので、どっちの方が早いかなあとちょっと悩んだ。なんだか左の部屋からモタモタっとした空気が流れていたが、なんとなく左を信じてみた。実際、右の方が早かった。

「右!右!右!」3回連続で同じ方向を声に出そうが、今日は自信をもって言うと決めていた。すると視力検査のおばちゃんが「右?みぎ…みぎい?」と、いつもの僕そっくりな表情で不安そうに聞いてきた。「右です、あ、下です…」などと急に自信がなくなってくる。そんな僕を見て、おばちゃんは一言。「ギリギリですっ!」本当にギリギリのギリギリで第3関門への切符を貰った。「赤い線を進んでってね」と言われ、それなら楽ちんだと思いながら赤をなぞって行く。レールを進むのはなんだか久しぶりだった。途中、青い線や緑の線がチラチラ見えた。青や緑に切り替えたらどこへ辿り着くんだろう…ドキドキ胸騒ぎ。でも今日は赤を進まなければならない、免停は勘弁だ。車道で赤進んだらあかんけど〜今日は〜今日だけは〜赤を進むよ〜なんて鼻歌ステップを刻んで第3関門到着。

しまった…問題発生だ。第3関門は証明写真か、存在をすっかり忘れていた。ところで大丈夫だろうか、急いで来たからなんか色々とマズイ気がす…「終わりです!」え!終わり!?一瞬だった。こわい…更新する前より変な顔だったらどうしよう。更新したのに更新されなかった顔なんて見たくないよ。3年前より男前になった自信はあるのになあ…不安を抱えて最終関門である2時間の講習へと向かった。講習が始まり、途中でトイレ休憩が挟まれたのだが、そのとき鏡を見て初めて気がついた。シャツの飛び出し具合が左右不揃いではないか…「終わりです!」さっきの一言、そういう意味でもあったのか。講習が終わり、住所が東京都になった新しい免許証を受け取る。シャツは案の定、左右不揃いだった。これにて免許更新トリップ、終わりです。


金曜日。雨の日はいつもReebokを履いて出掛ける。コンバースはところどころ破れていて、底がすり減っているのだ。とはいえReebokも大体の確率で濡れる。うむ、僕は絶対に濡れる靴しか持っていないようだ。今日も足先が濡れて気持ち悪い、買い替えたイヤホンからは何やら「ザッティーイズラーヴ」と聞こえる。足先が濡れて、それは愛です。は…なんやそれと思っていたが「バッテリーイズロー」のとんだ空耳だと気がついた。そのうち充電が切れたが、僕の充電もそろそろ切れそうだった。バイト終わり、ビルの屋上からはクラッカーを打ち鳴らす音が聞こえる。賑やかでほんのちょっとだけ羨ましかった。そんな今日は一年で一番夜が短い日だった。悲しくても、寂しくても大丈夫。プハッという名の小さな幸せをぶら下げて、さっさと帰ろう。今週はなんだかくたびれた…寝ている間にU.F.Oにでも連れ去られたい気分だ。


土曜日。ハンバーガー屋さんで「S、T、G(サイズ)」の読み方に自信がなくて「トール」と言うか「ティー」と言うかでひたすら悩んでしまった。「S」は「スモール」ではなく「ショート」だということは最近教えてもらったが、未だに「G」の読み方は分からない…でも調べる気にもならない。「ポテトください」と言うと「どちらにしますか?」と訊かれ、「北海道産フライドポテト」と「フレンチフライポテト」の2種類あることに気づく。このくらいならまだ全部読み上げられるのだが、料理を頼むときの「どこまで言うか問題」もまた数知れずである。

学生時代、バイトしていた飲み屋に「トマ兵衛(とまべい)」という焼き鳥があったのだが、注文を訊きに行った際「とまとへいべい、いっぽん」と言われたことがある。とまとへいべいってなんやねん…変な連想でトマトの兵隊さんたちが脳内を行進しだして思わず吹きかけたが、初見ではどうしたらいいのか分からないメニューがたくさんあるのは確かだ。とはいえ「これ」と「これ」とか言うと店員さんが困ってしまう可能性がある。呼び方や読み方を間違えたときの恥ずかしい気持ち、あれは一体なんなんだろう。分からないけど、自信を持って「とまとへいべい」と声に出す方がなんだか可愛らしくていいのかもしれないなあ。


日曜日。久しぶりに会う大学の先輩と同期と飲みに出掛けた。先輩は英語ペラペラで、同期は彼女と別れてた。今日もやっぱり音楽の話が止まらない、語って踊って楽しい夜だ。先輩も同期も優しくて、今週の胃の痛みはいつの間にかスーッと消えていた。

2024.06.17~23

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