歴史の一員としてのわたし
オンライン英会話のレッスンを受けていて、イギリス人の講師にこう聞かれたことがあります。
「5年ほど前に京都に旅行したんだけど、
伝統的な街並みや雰囲気がとっても気に入ったの。
あれからすこし時間もたったし、コロナなんかもあったけど、
京都の街並みは変わっていない?」
そんなこと、普段考えたこともありませんでした。
「5年しかたってないのに?京都ってしばらく行っていないなあ。
それにしても伝統って?
みんなが愛する京都っていったいどういうところ?」
と頭の中がぐるぐるします。
そしてわたしは次のように答えました。
「わたしはここ5年京都に行っていないけど、
多分雰囲気はそんなに変わっていないと思う。
京都の伝統的な建物と思うものは、
ある時点では伝統ではなく最先端のモダンなもの。
だから、伝統は自分たちで作っているものだと思う。
今covid-19で世界が大きく変わっているけど、
大きな抗いようのない力で変わっているというよりも、
きっかけによって、わたしたちは今まさに
わたしたちの伝統、文化、社会構造を創りなおしている」
わたしが、普段の生活の中で過去の歴史や出来事について身近に感じるのは、短歌を読むときかもしれません。
わたしの参加している短歌の会「コスモス」を作ったのは、宮柊二です。
彼は1912年新潟生まれ。
太平洋戦争にも陸軍の兵士として参加しています。
1986年に74歳で死去。
わたしが「コスモス」に入ったころには、もう亡くなっていました。わたしは1976年生まれですから、60年ほど前の人です。
蝋燭の長き炎のかがやきて揺れたるごとき若き代(よ)過ぎぬ
『日本挽歌』
これは中学の国語の教科書に載っていた記憶があります。
後に柊二の歌集を読むと、青年期に社会の激動が彼の人生を、
そして環境を大きく揺さぶったのがわかります。
たたかひの最中(さなか)静もる時ありて庭鳥啼けりおそろしく寂し
軍衣袴(ぐんいこ)も銃(つつ)も剣(つるぎ)も差上げて暁(あかつき)渉る河の名を知らず
ひきよせて寄り添ふごとし刺(さ)ししかば声も立てなくくづをれて伏す
『山西省』
歌集『山西省』には、多くの戦場での歌が収められています。
歴史の教科書で学ぶ歴史は、わたしにとってはどこか遠いところの
終わってしまった出来事でした。
しかし、歌集から見えてくるその時代は、たしかな体温と手触りを持っています。
時代は違っても一人の人がその中で確かに生きていた実感があります。
中学生の子の歴史の教科書に「昭和時代」とあって、昭和生まれのわたしとしては、少し前のことがすでに歴史になっているのかという驚きがありました。
おそらく今わたしたちが過ごしている時間は、のちに「コロナ時代」と教科書に刻まれるでしょう。
子どもたちは、かつてのわたしのようにすでに終わってしまった過去の出来事として今わたしたちが過ごしている時間をなぞります。
何をつくるか、
何を話すか、
何を選ぶか、
だれと過ごすか、
どこへ行くか。
そんな一つ一つのわたしたちの選択が
歴史を変えていきます。
わたしは今「歴史の一員である」と意識しながら、
わたしといいう小さな個人のまわりから、
歴史を作っていきます。
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