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寄生獣はあなたにとって、どんな理由で名作ですか? 私にとってはーー

👆記事を書いたのですが、書きたいことがまだ湧いてきたので、書きます。

「正しさ」は共通の価値観の中でしか存在しないと考えています。例えばAさんが何かの宗教を根拠に話して、通じるのは「箱の中」、つまり同じ宗教の価値観を共有している人達。「箱の外」にいる価値観を共有していない人には通じないですよね。正しいことは複数あるし、価値観も無数にあるから、「箱を出入りできる」柔軟な感性が大切だと考えています。

#マンガ感想文

『寄生獣』って、「殺すな」というメッセージを発していないんです。何かしらの正義から殺人をするなと説教もしません。そうではなくて、5年かけて、「疑似体験」させました。

「なぜ人を殺してはいけないのか」に直接答えず、読者が考えるーーそれも疑似体験を通して皮膚感覚でーーように描かれています。この一点をとっても、漫画史に残る名作でしょう。同じことを他のメディアで取り組んだ例を、私は知りません。

パラサイト。耳から侵入し首から上を柔らかな筋肉であり鋼鉄のような強度も出せる人では無い何かに作り替え、肉体の機能を用いて人の中に紛れ込む存在。彼らは人類の「天敵」で、人類を「捕食」します。人と同じものを食べても生きられるけど、「捕食」を行い惨劇を起こします。学習して痕跡を消すパラサイトも現れます。

パラサイトが必要だと考える人間も現れます。

そもそも人類は「共食い」を行う存在だという、殺人犯の主張も語られます。

私達は物語を通して日常が戦場に変わることを疑似体験します。何人もの脇役が命を落とします。結びで、主人公は殺人犯から恋人を守ります。その立場に置かれたら、そうするよねと共感出来る形で、「共食い」を主張する殺人犯から日常を守ります。

パラサイトのことが描かれて、個の力では勝てなくても、組織で対抗出来ることを示し、エピローグは「共食い」の殺人犯を登場させます。

人を捕食するパラサイトや、人を殺すことを楽しむ殺人犯の「共食い」の理屈のどちらも扱われますが、彼らから日常を取り戻すことを描き、疑似体験で多くの人の死に触れました。

『寄生獣』が凄いのは、丁寧に日常と非日常を描き、「なぜ人を殺してはいけないのか」に回答せず、読者に委ねたことです。「人類は地球レベルで見たら環境汚染を行う生き物だから、天敵による捕食が必要だ」「人は増え過ぎてしまった。共食いを認めよう」「殺すな!」の、どの視点も読者は疑似体験し選ぶことが出来ます。

宗教や倫理観など、何かしらの価値観を持ち出さず、私の比喩で言えば「箱の外」で、判断材料のみを手渡しているのです。物語を通して、非日常を経験した私達は、「ダメなものはダメ」というシンプルな結論に至れるのでは無いでしょうか。理屈ではなく、皮膚感覚で血を見たくないし、犠牲は十分に払われたと。

各自が「ダメな理由」を言語化し、各自の倫理観や宗教観と結び付けることは出来るけど、著者は「疑似体験可能な装置」のみ置いて、読者に委ねている。著者のメッセージを発しなかったことで、この物語は多角的に、より普遍的に読める作品になったと思うのです。


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